2001年2月28日(水)
O社のセミナーに京橋OBPへ朝から出掛ける。会社説明だけのセミナーだった。帰り際に偶然クラブの同輩Fに会ったのには驚いた。その後は帰りに例の堂島千円ショップでまた靴と鞄を買い・・・貧乏なのだよ、わたしは・・・帰路に着く。明日の別のO社の面接に必要な履歴書を何とか書き、明日の面接対策がしたいところだったが、明日の午前中にするしかなさそうな状態になっていまいそうだ。どちらにせよ、序盤の正念場が明日。明日の日記を気持ちよく書ければよろしいが・・・。頑張ろう。
2001年2月27日(火)
T社のセミナーが梅田スカイビルであった。内容は一月前のC社と似たようなもので、グループワーク二つ+会社説明といったところだった。帰宅は八時半。
ところで最近怪しいメールが国内外から山のように来る、誰の仕業か知らぬが引っかかるかと思っているのだろうか?しかしどこの暇人だ、気の毒な精神病人の姿が浮かぶ。
【追記】WindowsFAQをご覧いただきたい。私が思った以上にIE5のセキュリティーホールは深刻そのもののようだ。自由なネットサーフィンには恐くて使えないと言うべきか。
2001年2月26日(月)
ちと学校に行きました。空いていますね。さすがは全体のテスト最終日。それと忘れないうちにクラブの先輩(卒業生)用の色紙を書く。面接対策は遅々、もう暇がなくなってしまった。最初くらいぶっつけ本番、でいいのか、なんとかしないといけませんね、こりゃ。
関係ないですけど、日清食品の宣伝はどうしてあんなに面白いんだろう。少なくとも原始人の時からお気に入りが続いているのですが、今のやかんのゴルフとか、ITとかも面白すぎ。宣伝でこうも差が出るものなんだね。
2001年2月25日(日)
面接対策しないとヤバイのにどうも進まない。頑張らねばいけない。
ところで今日は今日は異様に再度寒くなったが、家の中はやはりなぜか暖かい、この差は凄い、もちろん暖房なしである。しかし相変わらず調子はいまいち・・・。
2001年2月24日(土)
結果から言うと、とりあえず杞憂のようで至って正常でした。ということで今日以降の日記を書くことが可能となったわけです。良かった、良かった。とはいえ、一部畸形だったのですけどね。まぁ、とにかくも安心して生活することが、就活に挑むことができます。学校のテの取りこぼしは来年に廻しましょう。どちらにせよ、最悪でも今年の負担の1/3程度でしょうし。
これからは、出来うるかぎり、健康的な生活を送ることにしようと思う。早速ダイエーで3000円分の材料的食料、他、1500円で栄養薬を購入。栄養不足&偏りを是正する努力をすることにする。漠然とした不安の要素は払拭すべきですしね。
【追記】まずい24/25日のテレホタイム中ほぼ熟睡していた・・・・・、寝過ぎだな。
2001年2月23日(金)
人の運命はわからないもの、場合によればこれが私の最後の日記、あるいは、しばらく物理的に更新不可能になるかもしれません。昨日の調子はどうした、と言われるでしょうが、これが運命の不可避性です。運の尽きた私に命の源泉はまだあるのでしょうか。明日の宣告を聞くばかり、とは言えほっておいても、多分ヤバイでしょう。洒落ではなくヤバイでしょう。とういうようなわけで今日のテスト最大クラス強敵2つも勉強できず、駄目でしょうね。しかしもう達観すると、テストごときが何だ、という気持になります。本当にそれどころではない。根本の消滅です。とにかくも明日もネットが出来るかわからないので、今のうちにWEB上でお世話になった皆々様にお礼申し上げるかぎりです。可能な限り明日の日記でご報告しましょう。実際は杞憂あるいは軽症であればいいのですが。
2001年2月22日(木)
テスト二つ、なんか予想外の問題が出て苦戦する、結果は怪しいところだ。
最近攻撃的モードの性格を維持しているため、言葉にとげがあるっぽい、かなり失礼なセリフもどうも多そうな予感だ。いやはや、気をつけねば、とは思うものの、私は感情の浮き沈みは激しい方だし、今は調子に乗っておきたいので、申し訳ないが周りの人間には耐えてもらうとしよう。心臓の強い関西人だから大丈夫だと期待して・・・、実はこれは私が関西を好む一要因であったりする。これこそ関西好きの病的要因と言うべきか、しかし関西は良い地方である。大阪よ、USJの機会に一気に絶対復活せよ。どん底たる関西経済の復活が日本経済全体に大きくプラスになることは火を見るより明らかなのだから。ITを政策的に促進せよ、一気に光やDSL化のためを超スピード普及させるための府民などへの圧倒的優遇措置や韓国で言うPCVAN(NECの旧パソ通ではなく、超高速インターネットカフェ+ゲーセン見たいなところ?)の大量設置でサイバー都市化を目指せないものなのか。あと、25区も馬鹿みたい多い区役所を半減させよ、25区も要らないのは誰が見ても明らかだ。最悪でもNTT西日本みたく希望退職制度をとれ!人気のない地下鉄路線の本数は極端にでも減らせよ!シャッターの閉まった店の多いビルはフロアごと一気に安い賃貸料にして、ITベンチャーなどに貸せ!準一等地を躍らせるな!あるいはそういう所に24時間運営のPCVANを設置せよ!なに借金でそれどころでないんだというのか、借金を減らす為の策だ、どうせ7年後は倒産なんだ、無茶な改革をやることを恐れるな!この時代、滅ぶのも早いが、大復活+成長も早いはずなんだ。悪い賭ではないし、こちとらは最低限の努力をみせていただきたいだけだ。ああっ、長野県や三重県が羨ましい。兵庫県も旧態依然だしな、圧倒的革命家の出現を待つばかり、それは総理大臣も同じことなのだが・・・、より死臭のする連中ばかりが国のリーダー、これこそ悲劇、こういう世の中だからこそ自己防衛のために力を付けねば、という私的モチベーション魂というべきか。堕落だけは腐った安定への道だけは避けねばならない。安定とは高次元のものなのだ。向上的安定、安定期にも胡座をかかず次の向上作戦のための準備段階とばかりに緊張感を持つべきなのだ。もしもその結果、あえなく負けるのなら仕方がないだろう。しかし、しかしまだ別の進むべき道を探すやる気がある限り無限大なのだ。休むのはもちろん推奨するが、止まり続けては駄目だ。それは相対的退化だ。自身の腐敗だ、腐敗臭を醸し出す負け犬以下だ。・・・・・・、なんかとんでもないまとまりない日記になってしまった。というか日記じゃない、主題も見えない、謎の雑文、この雑文からも腐敗臭は臭うだろうか、人間ゴミになれば、夢の島へ行け、で済まない。ゴミはゴミを生んでいく。ゴミの感染症だ。腐敗の癌化、とまた雑文のゴミを増やすことになりそうだし、現にゴミ箱が満タン(?)なので、この雑文は仕方なく放置するとしよう。しかしゴミは基本的にゴミ箱への精神は忘れずに(謎)
2001年2月21日(水)
今日はテストなし。だから勉強したと言いたいところだが・・・(汗)
ところで妙に自分に甘い人間がいるが、そういう最低限の努力すら出来ない人間には私的にはムカついてしまう。努力も向上心もないので、低レベルでの安定し、あるいは下落の連続で、更には周りをもそういうレベルでいて欲しいと望むためか、巻き込んでしまう。まさに最低人間であると思う。私はやはり常に人は成長を目指すべきだと思うのだ。厳密には急成長のみでなく、安定期と成長期を繰り返すべき努力をするべきだろう。
2001年2月20日(火)
十三日のO社、幸い次期ステップに進めたようだ。次期は早くも面接らしい。3/1の話。我ながら大丈夫なのか、少々心配だが、とりあえず頑張るしかない。
テストは二つ、重要サイドの一つは楽勝だったが、あまり重要視してない方が玉砕、多分駄目だろう。四単位の死亡だ。とにかくこれであと四つ、しかし残りは全部重要レベルは比較的高いものばかり、というか今回の試験は元々からして強敵率が高いのだ。
あと、いきなり関係ないが、たまにはネスケ批判をしてみよう。まず97年時点で最新バーションに確か6000円も取っていたことだ。それ以前でも私が96年に買って貰った28800bpsモデムにネスケ2.0?がバンドルされていたが、あれの値段にも加算されていたのだろう。97年ではNetscape Navigetor4.0、つまり最後のシェアウェアなネスケだと思うが、同時期の機能を増して、機能面で不利がなくなったIE4.0が無料で力を伸ばしていたときに、当初有料だったのが今思えば、シェア落としの要因の一つだったかも知れない。もちろんトドメがWin98のIE4抱え込みであるのはいうまでもないが、Netscapeは無料に踏み込むのにやや遅れてしまった感もなきにしもあらずだった。もちろん以前から常に旧バージョン(NN4の正式版登場時はNN3.0xが)は無料になっていたとは思うが・・・。加えて批判点その2、NN4.75の日本語ブックマークのバグだ、これは困ったもんである、それに4.73以下のJAVAのセキュリティーのバグ、これも痛い、4.73以下では絶対Java(JAVA SCRIPTではない)は切っておかねば危険だ。もっともJavaはIEでもセキュリティーは危険で、使うとき以外は切っておいた方が良いだろう。ウイルス他、変なプログラムを無制限に自分のPC上で動作させると危険だ。それとIEの場合はActiveXなるお馬鹿な独自機能は絶対切ることをお奨めする。セキュリティー0の機能だからだ。NNでもIEでもJavaScriptについては一時的ブラウザ殺しなら可能だが、それ以上のダメージはないので、これは常に有効でも多分問題ないだろう。ちなみに何にせよ対IE専用がアンチマイクロソフトが多いせいか、効果の拡大を狙ってるせいか、客観的に危険率は高いと思う。なんか話の主題が変わってしまったが、今日の日記はお終い、セキュリティーには気をつけましょう。しかし相変わらず長い日記の蛇足文。
2001年2月19日(月)
今日はテスト二発。二単位だし、比較的どうでもいい?方は玉砕率非常に高し・・・、まず駄目かと、勉強も三十分だし・・・、今回の仮想最大の敵でもあるもう一方も恐るべき難解科目だったが、テストはどうにか誤魔化せるか否かの瀬戸際、果たして私の神通力は通じるのか!?とにかく明日も難敵二つ、どうでもいいというわけにもいかない、四単位ダブル、恐怖の敵ではないものの、やはり出来れば落としたくはないものだ。
ちなみにMozilla0.8フォームのバグ、全然直ってなかった・・・、それに右クリック重い・・・、いやはや。まだ一部でNetscpe4.73の世話になる必要がありそうしだな、こりゃ。数ヶ月後の完成を待ちます。で、来年2002年のブラウザはどうなるか?
1.WindowsXPが馬鹿売れするなどMS帝國が揺らぐことはない、現状のIE5系並以上にIE6系が席巻。IE6以降に更なる独自拡張を付すことで、他のブラウザに互換性を確保させず、その結果他のライバルを絶滅させるほどの勢いを見せつける。
2.Mozilla1.0以降を基礎とするオリジナルやNetscape6以降、Operaなどの世界のブラウザ達が大活躍、更にMSが転けて、コンシューマー向けに完成度が高まったWIN互換OSやLinux、超漢字、BeOSなど他のOSの選択肢が広がることで、プラットフォームや言語の移植が比較的容易なMozilla1.0以降系(Netscape6系)が多くのシェアを伸ばす。
3.ブラウザ介する必要性が薄くなり、ブラウザ自体が滅びる。これはまぁ、まだ先だろうか?
希望的には2だが、果たしてどうなることやら。IE6系がWindows2000/XP専用だったら、あり得るかもしれないが・・・。しかし1もあり得ないっぽい。なぜなら未だにWindowsOSのシェアはWIn98がダントツ、WinMEは発売停止されたWin95並のシェア、Win2000は企業ででもWinNTにシェア歯が立たず、個人でも全然少ない。問題はXPのWinNT/2000と9x/MEのカーネルの統合度と周辺機器などの互換性であろう。Win2000の後継なのはわかりきっているが、果たしてWin98の後継でもあり得るのか、が焦点になりそうだ。Win98と言えば、直接の後継のはずのMEですら互換性が低かったものを、果たして異カーネルのXPで最悪ME並の互換性があるか・・・、この辺りがMSの運命を分けそうな気がする。
それにしても時間ないくせに下らない日記ばかり・・・(汗)自粛せねば。
2001年2月18日(日)
久々にロト6を買ってみた。当たると良いのだが・・・・・・。今日は明日のテストの最大仮想敵で頑張る必要があったのだが、ヤバイかもしれない。今(PM8:00)から頑張らねば。
Mozilla0.8をダウンロード、確実に軽くなり、使いやすくなってるようだ。0.7でも一部難があったものの、常用していた私であるので、完全にブラウザはMozilla0.8でフォームのバグが直っていれば、メイン機で99%常用になることだろう。ちなみに何度も言うようだが、Netscape6.01はMozillaと基本コードは同じである。
2001年2月17日(土)
ロシアなピアニカさんへの手紙とC社のエントリーシートを送るべく西宮中央郵便局のある阪神西宮周辺まで自転車をこぐ。この遠さはどうにかならないものか、実は宝塚中央郵便局の方が近かったりして。
韓国のネット革命って、私が思っていた以上に遙かに凄いことを知った。日本も早く最低ADSL状態にしないとヤバイような気がする。光よ、光よ、光ケーブルよ、それにどっかのNTTの光より早いサービスが全国の主要都市を展開するのを心待ちにするしかない。値段も希望的にはNTTの場合、常時接続フレッツで、光3000円、ADSL1500円とかなら嬉しいのだが。果たして2001年は最低限の回線革命を起こせるのだろうか?思えば、1995年で28000bpsモデム時代で、2000年がISDNの64K(128K)bpsとかモデム56000bps(理論値)時代、共に遅いし成長していない。しかしこれからの現状韓国レベルのADSLやCATVですら0.5M〜1.5Mbps、光(某ベンチャーのサービスでは100Mbpsも出るらしい、100BASE/TXのLANと同スピードとは、凄い)はそれをも圧倒的に凌駕するのだから楽しみな時代ではないか。
ところで米英のイラク攻撃、かなり腹が立っている。あれも腐敗軍人隠しのデモンストレーションではないのか。そもそも国連を無視した行動は慎んでいただきたいものだ。あと、森首相、彼については何も言うまい、ただ哀れみの視線を投げかけてあげよう、恐らく死んでも直りそうもない森首相の異常な思考などに対して。そして直接間接に彼を存続せしめた日本人多数は同罪で恥であるのは言うまでもない。
2001年2月16日(金)
「乱歩の世界」でお馴染みのロシアのピアニカさんから、荷包みが届いた。ありがたいこと、大感謝。私もとりあえず手紙だけは書いたが、無事届くものか、心配心配だ。
試験一つ、それなりの重要度あるものだったが、概ね大丈夫っぽいので、一安心だ。来年度ゼミのみ計画の運命は如何に?って、全取り必須では私にそんな余裕路線はありえないかな・・・・・・。
ところで就活計画はH社のWEBエントリーシートで合格し、セミナーに進めることに、とりあえずこのアピールでは死なないらしい。これで死んだらショックでしたけどね。あと、C社のエントリーシートをようやく書いて、郵送。H社が大丈夫なら、C社も大丈夫であることを祈ります。同じ領域で全く違うことをアピールしてますが。また前に出したK社は気になりますが、そもそも〆切に間に合っていたのだろうか?郵送で東京まで何日かかるのかな、調べておいた方がいいかもしれない、今頃だけど。
あと、ジョジョの奇妙な世論調査が完全復活した、半年以上前にある事情で手放したとは言え、元々は私の生んだWEBサイトだけにその動向には期待されます。あのサイトでお馴染みの一部非常識的悪いマナー、キチガイ者達の運命は如何に!?
2001年2月15日(木)
今日の日記は昨日一昨日の日記の記述を裏切る内容が多くなってしまいました。まず、学校にやっぱり行くことにしました。しかし結果は多大な後悔とほんの少しの焦りの前借りでした。地下の個人机でないと、うるさすぎてどうしようもない我がKG大学の図書館、恥ずかしい限りですが、私にはそうとしか思えません、特に普段来ないような連中・悪漢が来るテスト期間中かつ寒い日は拍車をかけてそうでした。で、私は地下机を確保すべく一,二限の合間の比較的朝から行ったのですが、図書館に入れませんでした。学生証がないのです。仕方なく食堂で朝飯でも食いながら考えてみます。すると、昨日の最後のテストがすぐ終わったので中途で退出したときに、端の方から学生証を返してもらってないような気がしてきました。一応説明すると、本人かどうか確認するために机の端の廊下側に集めるわけになっているわけです。結果をいうと、まさにその通りで、事務室で回収、これは明日あるであろう焦りを解決したという点で評価できるでしょう。しかしその後、図書館行くも地下を確保できず、地上でしばらくいると、非常識レベルにうるさいのです。仲間の足を引っ張るならともかく、周りに迷惑をかける暴行為、これは私のカルシウム不足で解決する問題ではないはずです。はっきりいって、集中できません。ムカついてくるからです。しかもその常識知らずの病気は連鎖して、次第に狂候補細胞だった連中にまで癌化してくるのです。恥ずべき奴らと哀れむのは簡単ですが、私には耐えられませんでした。で、昼間の地下の確保はやはり無理だったので、あっさり退散したわけです。
もう一つは筆箱が今頃に見つかったのです。まさかあのような場所に隠れているとは私もつゆ気がつきませんでした。既に筆記用具は揃えていたので、嬉しいような悲しいような出来事です。まぁ、多ければ多いほど良いと言うことにしておきましょう。筆ペンとか万年筆も入ってたわけですし、とは言えやはりなんか悔しいです。
ところで、今日は悪夢を見ずに済みました。安眠でしたね。嬉しい限りです。それと電気代の紙が来てましたが、思ったより全然安かったです。毎日長時間こたつを付けていても、実はパソコンの電気代の方が圧倒的にかかってることを思い知らされたのです。電気代の平均値が去年より上がってるのも、明らかにパソコンの複数化+中身の消費電力アップのせいらしいですね。あと待機電力のせいかもしれません。コンセント増やす奴を三つ使って、恐らく常に二十くらいのプラグが刺さっています。しかもそれでも足りない外部機器もあるのです。困ったものです。
あと一言、最近の米軍の腐敗ぶりは酷いすぎる・・・・・・、許せまじ、と同時になんとかしないとまた事故や破滅をもたらしそうな予感です。
2001年2月14日(水)
いきなりテスト三戦の大塊です。うち二つは今回の十二の敵(実は十三で一つはボイコット予定、なぜなら出席重視などうでもいい一般教養・・・、いや十三は不吉ですし、この際は、って言い訳よりも、強敵に重点を置くためと言っておきましょうか)中でも最重視の強敵五科目の二科目。もう一つは春も類似品を余裕で取れた一品「政治学特講G」、重要度高くないし、ゼロ出席だけど多分大丈夫でしょう。しかし年間で一出席とは(爆)。で、問題の二つですが、一方は大丈夫のような気がするんですが、一方は謎です。採点基準が厳しいと死亡でしょう。他の教科並で微妙です。性格がいい教授なら希望が持てますが、悪い教授だとギリギリで落としそうな微妙なポイントでしょう。とにかく疲れました。
ところで最近安眠が出来ません。いつも一、二時間ごとに悪夢に起こされてしまいます。テスト中のように熟睡長いとヤバイ場合はそれはそれでいいような悪いようなですが、今朝の悪夢連発も恐かった。その一つはなぜか動けぬ所に生理的な恐怖、しかもなぜか既に忘却の彼方かと思われていた小学生時代の単なる同輩らが登場して、異様なリアル。ふぅ、はっきり言って、起きる寸前の悪夢の絶頂しか覚えていませんが、思い出すだに身の毛がよだつ。あれが恐るべき潜在的願望でないことを祈ります。夢の私も泣きそうなくらい恐怖していたのが救いですね。少年の私は逃げようにもなぜか金縛り、ふぅ、やっぱりこんなところで言える内容ではないですね、忘れたいですし。さて今日はどんな恐怖を見る羽目になるのだろうか。恐いのは許すが、せめて登場人物にリアル性を持たせるのは止めて貰いたいもの。
ちなみに私の明日はテスト休養。学校休養。C社のエントリーシートも〆切近いから書かなくては。おっと、忘れるところ、二日の日記に書いてる地図屋からケーブルなどの不手際品が到着です。なぜかUSBケーブルに加え、DOS/V機(AT機)用なケーブルも入っていたのは謎ですが、まぁ、とりあえずくれるものは素直に戴いておくとしましょう。なにせ普通に買ったら千円以上するケーブルですし、将来的に役立つかもしれませぬ。AT互換機で非USBなジャンク品が増えるやもしれないですし、プリンタサーバー用とか。
そういえば、Netscape6.01が出たようで、ちょっと検証してみたいですが、いかんせんサブマシンでネットする時間は絶対ないですな・・・・・・。早く暇になりたいものです。
2001年2月13日(火)
O社の適性検査、滅茶苦茶難しいではないか、全部数学系だし、閃き的論理力・・・、しかも会社訪問カードはギリで行ったせいで書く時間少なくて、反省点が多い説明会だった。今後に生かさねば
ちなみに1日の日記で触れた消失筆箱はとうとう見つからず、新しい筆記用具一式とか集めたら最低限に近いものだけの入手で1500円前後になってしまった。なんか悔しいこの日頃。別に全然この日の出来事でなくちょい前の話であるものの、書くのを忘れていたので触れてみた。
2001年2月12日(月)
もう時間がいよいよなくなってきた。焦るべき状況下だ。私が進むべきに要らぬ心配を作らぬためにも、そして来期を楽にするためにも、ちゃんとやらねばなるまい。と決意表明する。しかし明日はO社の説明会+筆記試験?、明後日からは落とすとヤバイ科目ゾロゾロの定期試験二週間、活動的勝負の時がやって来たというもの。
ところでWindowsの新バージョンがXPになるそうで、まぁ、私には関係ないですが、この名前では売れないナ、こりゃ、と思ってしまったわけです。またMSもいい加減にOSがあくまで基本的なものという意味を理解してくれないと、滅びの道は近いかもしれません。出すたびに重くなる+バグだらけのOSよりも、安定してなおかつ旧ハードでも動作可の軽いOS作る方が売れ高も上がると思うのは気のせいでしょうか。MSの自信作XPの出来+売れ高が低迷するようなら、MSも危ないかもしれませんね。今の時代、成長も早いが、滅ぶのも早い。
2001年2月11日(日)
勉強と称する友人の集まり、やはり予想に違わずであった、いやはや。あとH山にスーツを取りに行く。
2001年2月9日(金)
若人達の受験による占領もとりあえず完結し、今日から学校復活。朝9時過ぎから出掛けて、眠くなった夜7時前に帰宅。飯を食べた8時以降に爆睡したわけであった。どうも最近は朝2時間しか寝てない分、夕方から夜にかけての方が睡眠メインでこの日は我慢していた方だが、起きたら余裕で10日に突入していた。まぁ、愉快な生活ながら、朝から夜まで起きて起きて活動したのでOKであろう。なんかまだ書きたいこともあるが、時間がないのでお終いとする。
2001年2月8日(木)
スーツを買いに行った。1000円ネクタイ2つと同円カッター2着合わせて、35000円!高い!スーツも安め、というよりも就活用の中では最安グループだというのにである。もっとも高いのでも就活用は40000円位なのだが。とりあえず、あとで親に報告、約束通り請求させてもらおう、いやはや。どちらにせよ、一人でのスーツ購入も我ながら初経験、最近はこの初経験のオンパレードである。
2001年2月6日(火)
八時に起床。睡眠三時間が苦しいです。夕方前とかは大阪の地下で思わず倒れて眠りそうになりましたね。それで朝から電車に揺られてやって来たのは京橋の大阪ビジネスパーク。ちなみに行きの駅では関学への受験生がたくさんいました。もっとも帰りも夕方だったので、たくさんいましたが。
それでOBPで挑むのはC社主催のIT説明会。いきなりの男女三名ずつの六人組のグループディスカッションには少々驚きましたが、二度の仕事の進め方的ディスカッション、結局なかなか目立つことも出来、というか活躍したのは私とある女の子の二人だけ、とりあえずかなりの手応えを掴めましたね。漠然とした不安が解消されていく瞬間でしょう。案外私のやる気は高水準のようです。それで大満足で終わりました。
帰りは憧れの(笑)JR東西線に乗りました。しかし安い。120円ですよ。採算絶対取れてないですね、あれ、地下ですし。しかし大阪城北詰(片町)〜北新地ですが、環状線よりも特です。堂島ジュンクに行きたい場合は。
ともかくも今日も既に終わって7日の1時、時間もないので、今日の日記もここで終わります。
【追記−2/8】堂島の1000円ショップで革靴を買う。革靴が1050円(税込み)、しかもイタリア製のようだ。私にはブランド興味もないし、単純に履ければいいので、靴不足もあり、とりあえず一足買うことにした。2月8日現在昨日から履き続けているが、履き心地も悪くなく作りが崩壊する感じもない。大体例え一月で壊れても、一日30円やっぱり安い。あの1000円ショップは鞄とか財布も売っていたし、ジュンク堂書店に行く中途なので、また利用することになりそうだ。
2001年2月5日(月)
何とかK社(正式名称は未だD社だが)のエントリーシートを送った。郵送なエントリーシートでは第一号である。半分を占める自己PRもとりあえず満足いく出来だと思う。多分1000字ちょいだろう。せいぜい問題は字の大きさが最初小さすぎたせいで最後がやや大きくなっていることだ、まぁ、これで絶対的に並だとは思うが。これでインターネットのエントリーが約37社、セミナー予定5社、エントリーシート送付が1社ということになる。まぁ、順調かな。インターネットのエントリーでもエントリーシートの内容みたいな質問項目がたくさんあるのもたまにあるので一概には言えないが・・・。
話は一転、昨日のことだが、私のパソコン関連バベル塔が瓦解した。まさか下の方のプリンタ用紙を抜き取るだけであの大惨事とは・・・・・・。え〜、一応説明すると、私の部屋は狭い、PC用収納棚もない。つまり箱やら本やらを絶妙なバランスで積み重ねているのだが、最近は新プリンタの置き場所もないので、積み重ねた本の上に乗っけていた。いや〜、最近のプリンタは小さいから予想外にもスンナリPCと壁の間の積み重ね地帯にスッポリだったから・・・、とそれが悲劇を巻き起こした。いや、それ以前に本はともかく1.5メートル近くPCのソフトの箱類や余りの小型ハードを入れた箱、CD−R類を壁ぎわに積み重ねていたのが、最大の汗だったかもしれない。とにかくプリンタ用紙を引き抜くと、その積み重ねの塔、まず手前の本類+プリンタの塔が崩壊し、便乗するように壁ぎわのCD−Rやらハードがバラバラバラ〜、幸い故障などは多分ないとは思うが、焦った焦った。今ではタワーの高さを低くした。えっ、根本的解決はどうしたって?それは根本的に不可能なのですね。ちなみにプリンタは強烈に落下したわけでなく、ケーブルに引っ張られ+すぐ私の横なので最優先で救助、しかしその後NTで認識しなくなったのには冷や汗だった。今でも謎事項なのだが、WIN95のサブマシンならOKだったので、ますます謎。まぁ、サブマシンをLAN接続のプリンタサーバーにすることで、一応解決ということにした。サブマシンの役割がまた増えて、万々歳ですな。かなり間違ってるな、我ながら。しかしNTにして、出た問題は解決の暇が惜しいので、サブにさせている。スキャナとか、このプリンタとか。まぁ、分散処理でいいではないか、結果的にサブマシンは便利です。単独でもWIN95快適だし。実は2年前のメインマシンよりも性能断然いいし・・・・・・、でも出来ればプリンタサーバーは消費電力減らす関係+勿体ないから低スペックマシン+UNIXがいいかな、第2サブマシンの出番は半年後か?はてまたどうなることやら。
思い出話シリーズ、「中学時代の私の怪宗教立ち上げ(爆)」と行きたいところだったが、日付が変わってるようだ。ということで今日はお終い。
2001年2月3日(土)
昨日の日記に書き忘れたが、ウイルスバスターの会員更新、プロバイダの更新と一年契約の更新振り込みをした。両方とも三年目である。あと情報処理の振り込み、受ける暇はあるかどうか・・・・・・、まぁ一応というわけで。
今日は珍しく七時起き、ボソッと代わりに昼寝が長かったことをつけ加える・・・、特に書くことような目新しいこともなく、平穏な日。外の寒さはしかし半端でなく、大体こたつに潜りっぱなし、今月の電気代が少々ビックリかもしれない。一月までは少なかったのに・・・・・・、夏の九月半ばの受領書以外は今年度年間低水準を保っていたが、果たして運命はいかに?
ニュース見ると、今日は節分・・・、昔の小学生の記憶が甦る。一年生?(園児、他?)の時は鬼の面を自作させられたような気もする。そういえば豆を拾って食べたものだ。いや、さすがに拾ってはないかな、投げない分を食べたような、多分そうだろう。小学生低学年の時と言えば、なぜか美術が優秀だった。一年の時の阿修羅の絵なんて、六年生の時まで(それ以降は?)音楽室の前の廊下の壁に飾られていた。入選作だったと思う。二年生の時は風景画が外部の賞で入選・・・、三年生か四年生かクラスが同じせいで忘れたが、何かの日本式建物の版画、佳作だった。これなんて独自色が強すぎて、似たもの同士を好む周りからは馬鹿にされていたが、先生からも褒められた記憶はないが、外部佳作。自分でもそれには驚いたものだった。他にもあったかもしれないし、なかったかもしれないが、これが私の小学生時代の明確に覚えている選であった。他に習字で段位(二段くらい?)をなぜか持っていたが、基本的な字は超が付くほど下手だった。その理由は明々白々で公文という今でもあるスピード重視の算数系塾のせい、それは当時から知っていたし、あまり字を上手く書くことに興味はなかったのだと思う。ただたまにそういう気分が出て、字を綺麗に書いたので、その差が強烈に目立った。
節分からどうでもいい思い出話になってしまった。当時の私の芸術的才能はどこへやら、今の私には欠片も残ってないような気がする。とりあえず日記もどき終了。
2001年2月2日(金)
就活でA社説明会予約のために、企業に電話を初めてする。リクナビとかは不可だったので面倒だと思うも、これはこれで良かったか。
昼過ぎに日本橋に行き、キャノンのバブルジェットプリンタBJ F210を買う。エプソンが好きなのでPM-760Cと迷ったが、モノクロ性能と安さでキャノンにした。まぁ、キャノンもJリーグのスポンサーなので自分的にも良いであろう。で、これを買ったPCショップS、おまけのUSBケーブルは入れ損なうは、埃除けカバーの型番間違えて買わせるわ(これは私にも少し非があるが、店員はちらっと見るやすぐにそうですよ、合ってます、云々とか言うから、自分で確認を止めて素直に信じてしまった、その実はS店にその型番用のは在庫不足だったくせにである、いやはや)、なかなか大失態を演じてくれたが、苦情電話をすると、対応が良かったので、まぁ、良しとする。
ところで、久々のメーカー新品の購入であった。バルクな新品ならハードディスクやN3下駄と最近購入していたが、まともな新品は多分17インチディスプレイ以来でちょうど一年ぶりくらいだと思う。そういえば、バルク新品のK6-IIIも去年の3月だったか。あとは99年代のビデオカードWGP-FX16N(今は倒産の3DFX社Voodoo Bansheeチップ搭載)とU-IDE98M(今では並以下かな?のUltraATA33ボード)、PD-R(CD-R+PDの複合ドライブ、これも今や大したことない)、K6-2のCPUアクセラレータ(今や分解後サブマシンに搭載とか実家マシン用、下駄は一つ死亡〔しかも3つ中2つは2000年に超激安型落ち新品札幌から通販(笑)〕)を買ったくらいであろう。他は本体含めて全て中古品あるいはジャンク品である。まぁ、ともかくモニタとプリンタと出力装置2つは新品5年保証のを手に入れてるわけで、PCそのものとか増設ボード系は上記の99年購入組のメインマシンの主要4パーツ以外は中古なわけだ。大いに長期儲かるバイトしていた99年度以降は金がないので、三桁円パーツなジャンクとか、せいぜい数千円クラスの中古ばかり、というわけなのだ。
しかしいくら何でもそろそろ実験用にローエンドでいいから最新AT互換機を五万円くらいで作りたいものである。Linuxや超漢字、BeOSなどが使ってみたいからだ。一応今年後半の目標にしておこう。多分今年後半はローエンドでも1GHz近くになってると思う。しかし97年とかのPC-98で欲しい機種もあるし、ノートなPC-98も欲しい、パソコンは増殖するものだというけれど、今でも三台中使用率はメインのWindowsNT機は90%、スキャナとかMP3エンコードの第一サブのWIN95機は9%、DOS専用に近い第二サブのWIN3.1は1%ってな具合でアンバランスである。また増えたら実家行きかもしれない・・・・・・、しかしLANは便利だ。ファイルのKBなら受け渡しが本当に感動すべきほど一瞬である。GBクラスだと少々時間は食うが、それでも受け渡しは便利すぎる。というか今までやろうとしないようなファイルの受け渡しが容易に出来るところが感動なのだ。
気がついたら今日も下らないことを書いてしまった。
そういえば、難波ジュンクで、甲賀三郎の春陽文庫と、ようやく乱歩「幻影城」を購入、しかし買いたい探偵小説は新本で買うと、適当な計算=春陽残りで5000円+創元日探全残りで9000円、乱歩選残りで10000円、国書探倶で20000円、ちくま久作で10000円、その他20000円として、演算処理が困難になってしまう。いやはや、嬉しい悲鳴とは言え、絶版の影も迫る驚異、やはりいやはや、というのが似合う。
さて、今日はサッパリだったのでさっさと最低限の勉強をしようか。(PM9時記す)
【追記】恐れていたとおり、ほとんどやることなく夕寝してしまった・・・・・・、明日倍頑張ろう・・・・・・。それにしても今日も腹の調子が慢性的に悪い。
2001年2月1日(木)
突然だが、私はぐうたらである。本日改めてここに思い至ってしまった。本日の計画をほとんど履行出来なかったことはそれを証明している。結局明日に廻すわけだが、当然に時間は減る。これはいよいよ生まれ変わる必要がありそうだ。
ところでショックな出来事を話せねばならない。筆箱が消失しているのだ。30日の学校では忘れたと思っていた程度だが、昨日探してもない、ない、どこにもないのだ。今日も見つからず、どうもどこかに落としてしまったらしい。30日にシャーペンやボールペンは購入したので、最低限の目的達成には無問題なのだが、やはり万年筆、筆ペン、シャーペン数本、及びその芯、色ペン5本ほど、消しゴム、定規、修正ペンなどなど、やはり勿体なかった。いやはや残念だ。もはや私の筆記用具の冥福を祈るしかない。
そういえば、今日で2月、とうとう私のこのいい加減な日記も6月後半スタートだったので、8ヶ月目に突入する。これは驚くべきもので私が一生の内に書いた日記の中では最長記録に値すると思う。そもそも私は紙の日記帳なんて、ろくに書いたことがない。恐らくWEB上の日記以外では、記録された日記というものは数日レベルだったのではないだろうか。しかもそれとてもはや紛失しているだろう。そう考えると、半永久的に残す予定のこの日記、将来読むのが案外楽しみだ。今パラパラと読み返してみても、自分のことながら面白い(恥ずべき?)部分もあるくらいだ。ということで出来るだけ長々と書いていきたいと思う。他、掲示板の過去ログも半永久的に保存する予定なのだが、これも以前のを読み返すとあらゆる意味での時代の変遷のようなものを感じ、懐かしく思うことが多いのだ。新しいことを為し、記録に残す、これはなかなかもって興味深いものだ。
しかし日記とはいいながら、このような記述が多い、第三者には甚だつまらないものだろうが、そういうものだと思って諦めていただきたい。