ちゃらんぽらん日記 Ver 2.14

2001年4月


2001年4月30日(月)
 昨日の分と含めて連続執筆。雨のせいで洗濯タイミングが汗だった。深夜干しである。しかし相変わらず暇だ。しかも最悪なことにまたメインマシンのNTが壊れた。さすがに・・・な気分だ。速攻で復活させたが、またアプリ設定が・・・。常駐させすぎたのかもしれないし、ビデオカードが調子が悪いっぽいのだが、復旧しようとして死亡するというパターンにはいやはや。つまるところまたもやサブマシン。


2001年4月29日(日)
 サッカーを見たり、「甲賀の世界」などを作ったり、暇だった。ということ。
 関係ないが、一人暮らしで大概にレトルトカレーにも飽きてくるが、そういう場合は生卵を使おう。昔、私の父親なんかはカレーに生卵を嫌っていたようだが、なかなか新しい味が創造され、悪くはないのである。特に飽きたときにはアクセントを付けるためにも有効だ。


2001年4月28日(土)
 GWは暇だ。暇。しかも虚無的な暇。それでも今日は図書館が開いているので、探偵小説の研究に向かう。古書雑誌を6時間ほど調べ廻して、とりあえず満足するのだった。その成果で暇なGW中にでも「甲賀三郎の世界」と「普通雑誌と探偵小説」のページを作る予定。もちろん面接対策はじめ就活作戦も実行だ。もっとも今日は皆無だったが。


2001年4月27日(金)
 天六。天神橋筋六丁目。近代史好きならお馴染みでもあるだろう。さて、ここからが問題だ。そういうわけで、はて、どういうわけだ・・・、とにかく私はグループディスカッションは得意中の得意、戦績も随分前の一敗だけで、八割位。さて、ここからが問題だ。目立てば勝てる世界とは違うんだよな〜。畑違いの闘いには、更なる努力が必要か・・・。
 検尿、午前中に提出だ。これで健康診断は完全に終了。しかし関係ないが、私は検便というものをしたことがない。昔、「グーグーガンモ」という漫画だったか?いや記憶違いかもしれないが、検便が出てきた気がするのだが、やはり昔はあったのだろうか?
 小泉首相には、やっぱり期待だ。メモを持たないで、自分の意見を常に頭に持っている。これだけの人間だからこそ、容認出来ぬ問題失言なぞはそうそう出てくるわけがない。財務大臣のお爺さんには首を傾げざるをえないし、それになにより下の自民党の連中は派閥絶対主義、年功序列絶対主義、上意下達主義など相変わらず腐った20世紀の遺物が多いのが腹立たしいが、今までの彼らが権力を握っていた時に比べると、と思う。しかしやはり小泉氏に着いてこれる自民党と同じく保守党、民主党の主流派の考えの人達、自由党あたりが手を組めば最高だと思うのだが、もちろん政界再編+総選挙の結果である。
 本日からフレッツADSLのサービス地域になったので、116してみたが、繋がらなかった。ネットでは恐ろしく待たされる。良くて7月はじめだろうて。ということで、30日からという日本テレコムのJ-DSLに加入して見よう。こちらの方が絶対にNTTより開通が早そうだし客への対応もいいだろう。それに手順が一つ省けるし。


2001年4月26日(木)
 ハハハハ(苦笑)、しかし関係ないが、時間つぶしにモスバーガーに久々に行ったが、やはりマクドとは異なるジャンクフードを提供してくれるようだ。もっとも異なるゆえに値段も異なるが。
 小泉内閣はなかなか期待出来そうな顔ぶれだ。森総理の時は二度とも、それは不信の固まり酷いもので、注目もほとんどしていなかったが、小泉内閣は組閣最初から面白いやり方で、ある程度期待通り、久々にニュースに注目出来ている。あとは構造改革の内容に期待するとしよう。しかし小選挙区制度の下、民主党はYKKに政策が近くもあり、対抗軸になったりなどするので支持率が急激に下がりはしないだろうが、私的には所謂批判勢力の共産党と社民党の影がますます薄くなった感じだ。


2001年4月25日(水)
 昨日もFTPサーバーが死んでいたようで、アップ出来なかった、いやはや。でも噂によると、NEXTFTPならばアップ出来るらしいが、いざとなれば使用するとしよう。
 どうも駄目である。感覚が駄目だ。明らかに区別されている感じだ。それとも負け犬の遠吠えだというのか。という謎の言葉。


2001年4月24日(火)
 友人から鮎川哲也「王を探せ」発見確保の報が届いた。これは嬉しい限りで、これで鮎哲長篇は残り2冊(「白の恐怖」「翳ある墓標」)のみ。ただこの2冊は未文庫で超入手困難なのだが。
 面接だが、どうも駄目だ。失敗はしてないが駄目だ。つまり成功していない感じだ。しかし就活失敗すると路頭に迷う。さて、まだ甘えがあるのか。とにかく客観的に見て、頑張る真似ごとでなく、真に頑張らねば、いつまでも駄目なんだろう。しかしあまりに素直に答えすぎて死亡してるのか、とはいえ・・・・・・。


2001年4月23日(月)
 「膀胱破裂するのとおもらししちゃうのとどちらが恥ずかしいかしら!」という私の最も好きな漫画/アニメのセリフが想起されるほど苦しかった。いや、今でこそ笑い話だが、本日、山科から梅田界隈まで短時間で移動する必要があり、用を足す暇を計算していなかったのである。これぞ不可能犯罪の落とし穴。しかも梅田界隈で場所を探し探しする必要があったのも痛かった。とりあえず、午後の説明会の休憩中に大急ぎするのだった。あっ、そういえば、山科があれほど栄えていたとは知らなかった。かなり失礼な話だが、旧山科郡のイメージ?があったからかもしれない。しかし実際は伏見はおろか、裏京都(南区)より栄えているのである。でもJR、山科〜大阪間、820円は高すぎだと思う。手前の京都〜は540円なのに、なぜいきなり280円も上がるというのか。確かに新快速で圧倒的スピードで便利とはいえ・・・。ちなみに驚くなかれ、今調べると、京都〜山科間は180円、ううっ、これは一体、恐るべきJRマジックである。
 いかん、もう原稿用紙一枚だ。終わらさねば、では突然御機嫌よう。


2001年4月22日(日)
 さて、特筆すべきこともないので、今日はこれだけ。しかしこの時点で今月の日記の行数が500行近くだ。1行40文字にしてるから、単純計算20000文字、原稿用紙50枚分、つまり一日あたり2枚以上書いている計算ではないか。さすがにこれはアホだと思う。しばらく少量でいくとしよう。


2001年4月21日(土)
 別に活動的日程もなかったこともあり、結局完全に殺してしまったメインマシンのWinNTを入れ直し、ハード的設定までは終わらせた。インターネットはとりあえずクライアント扱いのLAN接続だ。ああっ、Win95がプロキシサーバーで、WinNTがクライアントなんて、なんてナンセンスな接続なんだろう。しかし、NTにアプリなどを入れ直さないことには、そしてソフト設定をしないことには、仕方がないのだ。幸い、Win95マシン、さすがにストレージ能力のあまりの低さ(このサブマシンでは色々物理的制限があって拡張出来ないのだ)ゆえに少々もたつきもあるが、基本的に絶好調だ。まず落ちない。24時間落ちない。さすがにシステムリソースはWin95系の宿命で減っていくので、それ以上も余裕とまではいかないが、とにかく安定しているのだ。こんなOSを発売中止、サポート打ち止めしたMS社には、憤りすらも感じるではないか。特に利用者がかなり多いWin95だというのに。そもそもどこの会社にも言えるが古いソフトを消滅させるのはやめていただきたいものだ。最新版の半額程度ならば、ネットのみのシェアウェア扱いでもいいから、責任をもつべきだ。そうしないと、本当に古いパソコンは、ただの地球のゴミになりかねない。現状レベルの低速インターネットとメールとかワープロ程度なら、95年前半スペックそのままの486DX+Win95でも可能なのだ。スペックに見合うソフト(DOS用含む)さえあれば。本気でハードのリサイクルを考えるならば、ソフトの入手性もなんとかしてもらわないと、それこそ不法使用しか・・・になっても仕方がない。おっと、あとWinNTSP7の計画が流れてしまったよう。これもMSの、古いOS切り捨て政策だろう、Win95以上にユーザーも多く、特に会社では圧倒的に使われているというのに。MSってやつは。
 関係ないが、今日は何やら寒かった。自民総裁選では小泉氏強し、しかし小泉氏が勝ったとして、もし挙党内閣と言う名の半端で変われぬ自民党を演じてしまったら・・・、いや、小泉氏は、自民と日本の旧悪な部分をぶっ潰してくれるはずだ。一応期待しよう。


2001年4月20日(金)
 220円のバス代をケチるためにほとんど見知らぬ国道沿いなどを3キロ以上歩く私はキの字であろうか。と昨日の日記を書いている21日も終わりかけの23時半に書いている私はキの字であろうか。と言う暇もない、さっさと今日の分を書かないと、と言いながら昨日の・・・、と延々に続けても仕方がない。とにかくそういうわけでどんなわけで、午前説明会+筆記。昼過ぎからは学校の図書館で甲賀三郎の調査などのために夜までいたのだった、昨日の出来事。


2001年4月19日(木)
 今日は元気に午前中は筆記。とりあえず就活は反省点を生かして薄焼き煎餅でなく、醤油たっぷりパリッとする歯応えの煎餅で頑張るしかないでしょう(謎)。
 午後は健康診断に学校へ。視力は相変わらず良かった。右1.5、左0.8で、去年より良くなっていた。右目に至っては久々の最高水準だ。しかし私の最大のネック・・・、そう体重が恐るべき数字を示していた。本当予想を超越していた。私の履歴書の低水準の数字すらも下回って・・・、あっ、もうこれ以上は言うまい。一言、女の子には間違いなく嫌われる数字、しかし大学以来の体重は年々減っているなぁ、しかしまさかこれほどの最低水準とは、一体何年ぶりだ(汗)。とりあえず心労のためとしておこう・・・。


2001年4月18日(水)
 昨日もFTPサーバーの調子が悪かったので、アップできずじまい。
 就活はヤバイかもしれない。成果が出ないとさすがにやっていることにも疑問を感ずる。さて、全力で駄目な場合は発想の転換が必要だろうか、いやはや。
 その就活、本日は説明会+グループ討論。しかしそれ以前に最低のコンディションでもう大変だった。朝の電車では吐き気を感じたくらいだ。昨日から今朝にかけて、寝ている時から2度も、脳髄が混沌の海に放り出されたような不安定な感覚、平衡感覚が狂う状態、私の脳はこの説明困難な状態にぐらつかされた。寝ていたり、この感覚の出始めに驚異して思わず半身起きあがった状況で、地に体が離れてしまってるようなフラフラする状態になったのである。この感覚は数秒で去っていったものの、やはり混沌の海に酔った脳髄が吐き気を感じた。しかもこういう状況下でルル(風邪薬)の有効期限がとうの昔に過ぎ去っているのに気がつくことになったので、結局ようやくグループ討論の帰りに入手、使用することが出来るのだった。とりあえず、夜には概ね快復したようだ。
 メインマシンXa12のWinNTがいよいよ最低の調子で頭に来たので、とりあえずK6-2 330MHzでメモリ48MBなWin95(with IE3.02:実は今ではシェア0.1%以下?(爆))マシンのサブマシンV7をメインに緊急的に昇格させることにした。WinNTを入れ直せば良いことなのだが、いかんせん設定なども含めて時間がもったいない。ということで、Win95+LANで調子最低のWinNTマシンってなわけ。しかしWin95マシンのV7に使っているビデオカード、初代Milleniumは、95年製のくせに、発色が素晴らしく、2D性能は十二分だ。ミレニアムシリーズのマトロックス社は現在でも美しい発色などを長所に苦戦しつつも頑張っているが、絶対にGe-Forse系のNVIDIAには屈しないで欲しいものだ。ちなみにメインマシンの今は滅ぼされた3dfx社のVoodooBanshee、やっぱり比べてみると映りは今一つ。今はMilleniumG450が欲しいかも・・・。


2001年4月17日(火)
 昨日はFTPサーバーの調子が悪く、アップできなかった。もっとも日記休みだったので問題はないのだが。
 で、日記、午前中は説明会&筆記、その足で大急ぎで、大学に向かい、今期初めてゼミに行く。しかしどうやらまだ履修登録期間ということもあり、四月はゼミは事実上休講とのことらしかったのだが、まぁ、それでも行った価値はあったので良いことにする。
 しかし戦績はキツイなぁ〜、もうちょい結果も欲しいものだ。


2001年4月16日(月)
 今日はもろもろの事情で日記はおやすみ。ではあんまりなので、一応一言だけ、私ゃあ、呆れたね、自分にも、他人にも。


2001年4月15日(日)
 怪宗教立ち上げ事件、と前に一度予告したことがあったかもしれない。中学時代の思い出シリーズだ。私は今でも地元の友人に、こう呼ばれることがある、「エケイ」。さて、この「エケイ」なるもの、私の本名には全く関係がない。所謂歴史上の人物であり、この怪宗教の一応なお笑い信仰対象でもある。当時、なぜか私は教祖扱いされてしまったので、いや、まぁ、私が最初に言い出したのは事実か?Y・K君だったかも知れぬし、いや、皆の認知度からして、やっぱり私なのか?とにかく、教祖扱いで、「エケイ」と呼ばれることが多かったのである。元々のあだ名と併用されていた。まぁ、元々のあだ名は気に入っていたので、確か先生や普通のクラスメイト、近隣クラスの知り合いなどもこう呼んでいたことが思い出されるが。いや、今はそんなことはどうでもいいことだ。私を教祖にした「エケイ」教は、とりあえず学校のクラス及び近隣、そして塾に勢力を伸ばしていたのである。しかしあくまで私は教祖or信者である。エケイの化身には確かH・I君がなっていたはずだ(無理矢理とも言う)。なのに最終的に私が「エケイ」なのはやっぱり可笑しい、まぁ、どうでもいいことだが。で、そのエケイとは何者か?興味ある方のためにお教えしよう。えっ、誰も興味なんてないだって、いや、じゃあ、私の自己満足のためとしておこう。安国寺恵瓊という別に謎でもなんでもない怪僧である。経歴を簡単に書こう。室町後期〜桃山時代に生きた人物で、安芸の武田氏の関係者だと言われている。後に毛利家の外交僧(阿波の国の大名)となり、最も有名なエピソード、秀吉の天下取り予言をした人物でもある。毛利家で吉川元春、小早川隆景の亡き後、吉川広家と主導権争いを演じ、結局、関ヶ原において、その広家が家康に騙される形で東軍についたために、名目上の西軍大将の毛利輝元、そして長宗我部盛親、恵瓊などの軍の参戦を言葉巧みに妨害し、結局、東軍の勝利、恵瓊や盛親は打ち首に、毛利家も大きく勢力を落としてしまった。まぁ、一応潰されなかったのは、吉川広家の活躍なのだが、毛利軍の大群が攻めれば、家康は間違いなく負けである。しかも小早川隆景の養子である小早川秀秋の裏切る確率もグッと下がることにも繋がる。とまぁ、経歴はこんなところだ。とにかく恵瓊教に関しては、実は恥ずかしい思い出である。なにせ集団で、帰宅路など三十分あまり、妙な日蓮宗的お経で自己満足的布教活動をいていたのだ。これは間違いなく不気味ではないか。いや、アホだ。今、思い出しても赤面ものである。特に塾でやっていたあのお笑い行為、あれは凄い。所謂アホさで目立っていた。一応器物損壊かもしれない。恵瓊教仲間の席順表のところを毎回?切り取って、安国寺恵瓊の顔画のコピーを・・・・・・。恐ろしいことだ。恐ろしいことだ。いや、イメージしつつ書いているだけでも、あまりのアホさに破顔一笑だ。それに塾の最終日、所謂高校受験合格後だと思うが、アレは凄かった。すごい悪戯小僧集団だ。微笑ましいのか、アホなのか。土産としては凄い土産を残したもので、塾の先生にも忘れらない行為だったりして・・・。それ以前にも我々にも絶対忘れられないインパクト、間違いなく死ぬまで覚えているのではないか。恐ろしいことだ。ちなみにこれは例のオ○ム事件が起こる一、二年前で、今でもあの事件が同時に起こらなくて良かったと胸をなで下ろすのである。もし恵瓊教絶世期に起こっていたら・・・、ブルブルブル、見るも無惨なことになっていたことは間違いない。これも運命の分かれ道。単なる怪宗教の名を借りた変な仲間集団が恵瓊教だったが、もし運命が悪い方に転んでいたら、恐らくは中学生のことだから、誹謗中傷だけでは済まなかったかも、と思うのである。いや〜、しかしあまりにアホな話を長々としてしまった。なんちゅう日記だろう。ちなみに恵瓊教信者、というとなんか誤解されそうなので、恵瓊教仲間と書くが、恵瓊教仲間正式会員十数名は皆全員、第一志望高校に受かった(これは結構凄いことで、恵瓊のご加護と言われたものだ)ので、解散も取りやめになり、現在に至っている。って、事実上壊滅状態だろうが、いや、こんなアホ集団あっていいわけがない、滅んで当然だ(笑)
 で、まともな日記に移ろう。午前中、あまり興味のない異業種(金融業界)の説明会に行った。とりあえず色々な仕事形態というものを知っておきたいという所謂好奇心の為せる業だった。しかしどんな仕事をするのかは一応知れたが、まさかいきなり二対一の面談(面接)があるとは、少々驚いたものである。この日は全く緊張はしないという、いつもは緊張気味の私にしては妙な慣れのごときリラックス法を得たものだが、とりあえず初めての●○系ということは正直に言って、志望動機とかも抽象的に言える部分は問題はないだろう。しかし落ちても、まぁ、仕方がないし、ダメージもほとんどないのだが。
 しかし就活に関することだが、生きてきた中で、嘗てなく、短期間で初対面者とコミュニケーションしているのではないだろうか?面接官は言うまでもないが、集団討論や集団面接の仲間とはほぼ間違いなく話すし、帰り道が同じならば駅まで話すからだ。もちろんそれ以外の就活仲間と話すことも多いのも言うまでもない。
 しかし最近の日記は異常に長くなってるな、どうでもいいことを書きすぎだな、こりゃ。もはや日記ではない。超日記、いや超では駄目だ。スーパーだ、スーパー日記(爆)って、また下らぬことでサーバーを汚してるな(汗)とにかくスーパーどころか、鬆だらけの日記だというのに。


2001年4月14日(土)
 私の部屋は、最上の四階の端っこで南向きなせいか、時折スズメが数羽、チュンチュンと飛び降りることがある。その時折に今日も含まれていたのだ。こういうシーンは眺めているだけで、心が和む瞬間でもある。それに関連のある話だが、私は公園などでハトがいると、時折、例え結果的にフンにまみれてもいいから、肩や腕、手に飛んできてくれると気持いいだろうなァ、と思うことがある。なかなか間抜けな話であるが、某漫画によると、ローマのハトは人なつっこいそうだ。とういうことで密かな狙い目であったりする。冗談のような話。いや悪意なき冗談かもしれない。
 いきなりだが、消費税10%計画というのを考えたことあるだろうか?現在の消費税は確か国4%、地方1%、これを国6%、地方4%にするのである。もちろん圧倒的に信頼ある内閣でかつ、社会保障に還元するなど使い方を明確透明にしなければ、ますます消費不況を促進させるだけだと思うが、どうせデフレなのだし、セーフガードなどの小手先業を使わずにこういう部分増税の方が効果的なのではなかろうか。そもそも日本は食糧自給率など異様に輸入に頼っているくせに、部分的に要らなくなった途端に、セーフガードという名の制限を掛ける、こんな理不尽を通そうとすると、恐るべきしっぺ返しをくらいかねないのではないのか。産業を守ろうと言うならば、それ以前に根本的問題に資金を費やすべきだと思うのだが。それと地方を4%にするという意味、それは公共事業系は超大プロジェクト以外の公共事業を地方自身にさせるための財源である。もちろん他の税収の地方分比率も準じるべきだろうが、国による押しつけ公共事業を皆無にし、使い手なき無駄になる投資を0にするという効果と、地方自身の財源によるから本当に役に立ち、更に収益計算の杜撰から解放されることで、有益正常な公共事業を実施できるのである。いや、根本的に10%なんてにしたら、どんなウルトラ内閣であっても、ますますデカイ物が売れなくなり、世界恐慌になってしまうぞ、というかもしれない。しかしだ、家電にせよ、車にせよ、更には住宅そのものにせよ、あと約五年以内だと思うが、デジタルかつネット常時接続対応品に入れ替わっていく節目だと思われるのだ。つまり日本人は買うだろう。具体物の得意な日本技術の製品もまたも世界で売れるだろう、と安楽に予想出来る。というわけで、今すぐと言わないまでも、消費税10%問題は裕にクリア出来るのである。それまでは信頼ある内閣の下で乗り切るしかあるまい。世界恐慌クラスの破綻が先か、復活のタイミングが先か。世界恐慌があれば、復活は不可能だ、時代が流れないから。
 とまぁ、適当なことを書いているが、肝心の日記だ。この日は週唯一の休暇であった。実際やったことはほとんどない、BSで大リーグやJ1を見、探偵小説の絶賛傑作品甲賀三郎「姿なき怪盗」を通読したばかりだ。それとあいにくの雨模様だったが、夜に洗濯。一階のコインランドリーに使う50円玉がなくて、些か汗だったが、夕飯買いの時に両替してもらう。しかし100円を50円*2に両替してもらうのは少し恥ずかしかった。
 そうそう明日は予定どおり、振り込んだ金は勿体ないが、最近勉強していないから、朝から夕まで受かるわけない資格試験に挑むのは疲れるだけだから、それは断念することにした。秋まで力を充電+アルファしておこう。日程錯誤でかつて予約した説明会に午前中だけ行くとしよう。異種業界の仕事とやらの研究のためだ。速攻でキャンセルしなくて良かったというところか。
 おっと、もう一つ。今年出るというWindowsXPは所謂Windows2000 Second Edition(WindowsNT5.5?)に準じるものであるらしい。つまりWindows2000との差はわずか。見た目程度らしいのだ。もちろんそんなんだから、NTアーキテクチャの後継に過ぎず、Win95/98/MEとの関係は皆無。つまり2000は企業にも安定性実績がNT4.0に比べてダントツに劣るという理由から売れていないが、一般の人には、OEMなOSに採用されないこともあり更に全く売れていない現象も恐らく引きずることになるだろう。NT系は周辺機器のドライバなどの開発が面倒だという理由だからだ。確かにWindowsNT/2000/XPの方がPC歴がある程度長くなり、しかもゲーム系をしない場合は95/98/MEに比べて圧倒的にお奨め出来るOSなのだが、初心者には苦労する部分がまだXPでも多いと思われる。さて、MSの運命は如何に。そもそも何より、今年注目すべきはMacOS-Xだろう。今までのMacOS9.1以前のアーキテクチャを捨て、UNIXのBSD系をベースにした魅力あるOSだ。ちなみにUNIX系初のコンシューマ―向けOSでもある。しかも以前のMacOSとの互換モードもあるとのことだから安心だろう。果たしてこのMacOS-XによるMacアーキテクチャ復権の時が来るのだろうか。


2001年4月13日(金)
 地元の古賀市にある、スナック?のちゃらんぽらん、直接関わったことは皆無であるが、昔から、よく通る道沿いにあったせいで妙に印象に残っている。この日記の名前は、不定期日記、いつ書くかわからないから、といういい加減な理由で2年前の旧版日記を作ったときに名付けたのだが、この地元のスナック?の影響も少しありそうだ。ちなみに最近の日記はその名前に反して、真の意味の日記が成立しているので、内容が“ちゃらんぽらん”つまりいい加減?だと考えて頂くしかないのかな?
 で、本題。午前中は一次個人面接だ。なかなかその後の交流?タイムも含め、楽しい時間だった。面接での課題は、PRで“幸せ論?”をあまり言ってないな、というところだろうか。まぁ、概ね後悔ない面接だったと思う。
 午後はそのまま駅から履修登録と卒業アルバム用の個人写真を撮りに行く。久々の学校だった。そして驚くべきことに一年ぶり?と思われるくらい久々の徒歩で学校だ。いつもは自転車生活なのである。部室にも久々に行くと、何やらクラブ訪問の新入生に対して後輩が説明していた。そういう時期なんだなぁ〜と思ってしまった、改めて。
 あとは友人と遅い夕飯を食ったことくらいだろうか。


2001年4月12日(木)
 午前午後とW筆記試験+適性検査で、相変わらず疲労しまくりだ。またも両者の間が半端にあいていたせいで、時間つぶしがてら、西中島南方(新大阪)〜梅田まで歩いたのだが、案外、橋を渡ると近いものであったが、それでも疲れる。更に本屋で時間を潰そうとするが、これもまた疲れる。そういえば、戦前の探偵小説準専門誌の新青年本物(瀬下耽の「柘榴病」など収録の号、水谷準の「司馬家崩壊」など収録の号、乱歩「悪夢」など収録の号、他一冊)が状態がかなり良いにも関わらず各々4000円で売っていた。あれはかなり安いのではないかと思う。まぁ、そういうわけもあり、疲れで午後のは脳味噌回転が今一つ、更にこの日は久々の筆記だったクセに問題も何やら難しめ+短時間、結構の苦戦だった。何やら最近は面接の方が楽だと思ってしまった。まぁ、そういうわけで、夕方に帰宅後は二時間の爆睡の時間であった。
 さて、明日は記念日だ。何のだって?それはね、13日の金曜日、大変霊験ありがたい日、これなら明日の面接を頑張れるぞ!


2001年4月11日(水)
 自民党総裁選で亀井氏が消費税引き下げなんて馬鹿げたこと言ってる。まさに選挙目当ての無計画人間の為せる業としか思えない。そもそもそんなものが政策とは馬鹿馬鹿しい。むしろ消費税はそろそろアップしそうであり、デフレ時だし、7%にアップするタイミングとしてもそこまで悪いとは思えないのだが。もちろんアップするにはそれなりの国民の納得が必要である。財政構造改革はもちろん、自民党、役人などの目に見える改革と将来的ビジョンがあってこそのものだろう。つまり今度の総裁選は最低でも小泉氏が勝たねば、白けること間違いない。橋本氏は財政改革は悪くないが周りがアレでは中途半端路線になりそう、しかも派閥の論理の帰結と言われることは必至、亀井氏は国民の人気(信頼)もなければ政策も単純かつ低俗、麻生氏は今回はまず単なる顔見せ。しかし最終的には自民党が自民党である最大の要因で橋本龍太郎首相の復活確率が高いような気がする。いくら派閥の締め付けはしないといっても、あらゆる理由で離反者は最低限で、結果は準じるものになるんではないか。とにかく見守るしかないだろう。失望か、期待か、さてさて。
 あっ、民主党とかも目に見える形で党首の鳩山氏を代えるとかなど刷新しないと、そろそろ飽きられてしまうような気がする、私的には少なくともあの世代では菅氏の方が圧倒的だと思うのだが、というのもつけ加えておこう。ただ根本的に自由党も含めてあまりに古くさいのである。
 で、日記。Wで集団面接。成果はどうだろう、午前はどうも失敗気味かもしれない。そもそも午前は四ツ橋線の本町近くの大通り沿いではない横町にある某まいなぁ?ホテルが会場だもんだから、思わず場所がわからず探してしまった。いやはやまた地図忘れたのが間抜けであったが、住所覚えていたのが何とかギリギリセーフの要因だった、というところか。しかし大阪人よ、オフィス街では冷たいぞ、道を聞いても教えてくれないとは。ある一人はこの辺詳しくない、と理由を言ったのでともかく、ある一人なんて、ちょっと、と言ったきり逃げるように去ってしまった。ちょっと、何だ!まぁ、ちょっと急いでいる、の略だとは思うだがね。まぁ、根本的には地図忘れる私が悪いのだろうが。ともかくくそ暑い中を走ると疲れまくる。次に午後だが、これが夕方だから時間的に半端だ。まさに4時間もの、時間つぶしの必要があった。そう、午前の面接後、とりあえず梅田まで歩いたり、マクドで2時間弱ほど粘り、更にその後、紀伊国屋で某PC雑誌を読破した後の電車で移動、でようやく午後の面接だ。ハッキリ言って疲れて状態は悪かった。それでも午後の成果は午前よりは上だろう。ただなぜか緊張した+会社研究が甘い、という問題点も多々だったのだが。とにかく昨日と同様疲労困憊。明日はW筆記試験。


2001年4月10日(火)
 さて、午前午後と説明会。それが広範囲に渡って疲れました。いわば阪急で、梅田。その後大阪市営地下鉄の心斎橋、で午前終了。飯も食う暇もなく大阪市営地下鉄+JR+近鉄で京都市南区で午後です。しかもここまで苦労して来たのに、午後のは私にとれば、進むべき方向性となにやら少し違いましたし、質疑応答の一社員にも全く異和感もので、魅力ポイントは給金の額のみ、しかもそれは基本時間が他より圧倒的に長いだけ。結局いやはや、なのでした。ちなみに帰りは京都市営地下鉄+阪急。おっと、これは間抜けな話ですが、その午後の会社行く際も方角間違え、途中で太陽の場所で気がつき、大急ぎあやゆく遅刻寸前でしたね。いや、アレは遅刻寸後だったのかも、でも始まる寸前ではあるから寸前でしょうか?ちなみにこの日は地図を忘れていました。というわけでとにかく疲労困憊でしたね。さて、明日もW面接。


2001年4月9日(月)
 晴れ晴れとした気分だ。面接を楽しく思えたらこんな気分になるらしい。自己表現の満足度、これが単なる結果的合否を超越する次なる力を生み出す。これこそが大事であろう。というこの日は午前と夕方に面接一つずつ、ゆえに一度家に帰って、寝不足解消の昼寝をした。午前は集団面接だ。さすがに緊張も慣れの為せる業か、あまり感じないようになり、楽しめる面接を送れたと思う。集団の他の人のクオリティの高さには驚かされるし、参考にもなる点も数多い。そして如何に人と違うポイントで勝負しないと印象に残らないということもわかってしまう。で、夕方は二次個人面接だ。実は個人面接は久しぶり、緊張するかなァ、とも思ったが、案外リラックスして幸い自分の言いたいことは充分言えたと思う。これが所謂、時点の満足だ。そもそも自分すらも自分に満足できずに両思いの恋が成就するわけないのである。そこには片思いの資格も疑われかねないからだ。
 ところで今日も異様に暑かった。もうじき夏が来る、冬と比較して別に嫌いでもないが、この部屋の夏は地獄なのだ。春なのに既にして昼寝で悪夢を見た。蒸し焼きになる夢だ。ともかくもまだ春なんだからもうちょい15度くらいの快適を維持していただきたいものだ。


2001年4月8日(日)
 さて、単位にも余裕がありまくりなので、ロシア語も一応履修してみようと思います。基礎力はあるつもりなので、もし四月五月無出席だとしても何とかなるでしょうし、単位取れなくても困りませんからね。その履修ですが、今週は時間がないので、今日考えようと思ったものの、23時現在ようやく取ってもいいかな、という科目をピックアップしたに留まりました。余裕とはいえ、履修は満タン計画でいきます。試験受けるかは知りませんけどね。
 本日の私のやったことは、まぁ、明日のW面接対策などだろうか。あんまり進んでいないが。今週は実は面接勝負が多いのです。さぁ、頑張ろう。手応えをつかもう。


2001年4月7日(土)
 とりあえず長らく切れていた米も含めて大量に買いだめ。米は実は迷ったが、こまちが安かったので買うことにした。それに賞味期限切れ(そうな)レトルト商品も発掘したし、アタタ、まぁ、そういう動機だ。
 サッカーは浦和が何とか勝つなど今回は軒並み順当なところが勝ってるのではないだろうか。これで明日のJ2分も順当なら・・・、ちょっと買えば良かったと思うのだった。しかし金がなかったからなのだが。
 それと、ピアニカさんから三度目のお手紙を頂戴した。ありがたや〜、とにかく感動です。国際郵便、特にロシアの郵便物を三度も手に出来るなんて、ホントの話、二年前に何気なく作った「乱歩の世界」というものがなければ、一生涯で一度あったかどうか!?、いや恐らくなかったでしょう。この何気なさが私の人生の幅を大幅に広げてくれています。考えてみれば、98年末で展望レストラン、高級伊勢えび料亭の中納言バイトを切り上げ、金を得、PCをパワーアップさせ、(この時に新品のAT互換機でなく、ハードディスク交換という修繕+パワーアップを選んだせいで既に「みいそ」に捨てられた不遇のPC-9821に異常な愛着を持ったが)嘗てないほど金もあるせいかPCの興味が異様に高まり、よしホームページも作ろうという気がテスト前休みに膨らんだ。そしてホームページ領域があるプロバに変更、そしてテスト中にサイト公開。後にテレホにも加入し、紆余曲折の末に現在に至ってるわけだ。ちなみにこの時のテストは取得率100%だから文句言われる筋合いはないのである。人間無駄をなくせば、同時進行くらい充分可能なのだから、体力的休憩以外の無意味な息抜き時間に、他の事をしている状態ですな。とにかくこのあらゆる気まぐれと状況が重なって初めて、「乱歩の世界」も生まれ、ロシアな手紙も頂いてるわけで、この日記も書いてるわけだ。私が日記をちゃらんぽらんとはいえ、そもそも十ヶ月も書いているのは奇蹟ではないか。ネット趣味がなさしめた業か、私のおかしな性格のなせる業か。まぁ、それはいいとして、人生はわからないものだ。私の場合も高校生時から見れば、予想範囲外の動きだ。あまりにもモデルタイプと違うから。まぁ、私は一般人と違うやり方/考え方をしつつ、一般人を凌駕する、というコンセプトの下に人生送りたいから、実はピッタリであるとも言う。次に進むべき道はどのように(良い意味で)平凡から屈折してるか!
 しかし今月の日記は特に馬鹿な日記だな・・・、親も最近見てるらしいのに、こんなんでいいのだろうか、とも思うが、まぁ、いいか!(のかな?)。そもそもそれ以上に不特定少数者に公開していいのか、とも思うべきかもしれないのだが・・・(笑汗)
【追記】この記事をご覧アレ。日本の野球界の支配者の落ち行く姿だ。前の日記で触れたとおり、何かしらの改革をしないと危険なのは明らかだろう。読売の運命の分かれ目かもしれない。セの他球団、メディアが離れる前に自らの主導で改革を決定しなければ、影響力の低下は必至だからだ。ちなみに今のところ(多分)関西では読売TV(日本テレビ系列)以外の放送局では阪神戦をやっている。つまり視聴率が読売では取れないということで、既に見捨てたということだ。時には阪神戦のTV局Wということもあるくらいだから、どれくらい見捨てられているか、よくわかるというものではないだろうか。とにかく日本の野球を面白くするような改革を望む者である。
【追記−2】上の文章、少し嘘が入っていた。この間は朝日放送も読売戦をしていたので。


2001年4月6日(金)
 約束くらいは守っていただきたいものだ。しかも自分から頼んでおきながらである。呆れてしまうしかない。私は場合によれば、つまり相手にやる気が感じられれば、協力者になるべし、と考えていたが、もう勝手に頑張ってくれ、という気分にならざるを得ない。と、これは夜の友人との約束の反故事件の話。まぁ、私はついでに短時間に部屋を全面的に掃除・片づけを済ますことが出来たので、それはそれで構いはしないのだが、それは私個人にだけ関することだ。
 昨日につづいて野球の話。といっても久々の縦縞の阪神の話題。意外に新庄が抜けても戦力上がってるっぽいではないか。(話題性は弱いだろうが。)とりあえずこの調子を少しでも長く維持して頂きたいものだ。それと阪神と言えば、阪神電鉄だが、少し前に西大阪線を難波まで延伸するらしい、という話を聞いた。大阪市の借金を増やすことにまた貢献する恐れもあるが、多分大阪ドームに阪神・近鉄相互乗り入れ路線(阪神の延伸部分)で行けるようにしたいのだろう。それ以外で、難波を挟んでの三宮・奈良間の直通のメリットがあまり感じられないからだ。全然別の話、私としては、阪急で三宮・河原町間の直通特急を作って欲しいのだが・・・・・・、今の梅田行き本数を減らさずに・・・、って無理すぎるか。
 ちなみにこの日は午前中に説明会一つだけだった。


2001年4月5日(木)
 大阪駅での話、いきなり見も知らぬおかしな兄ちゃんが、「すいません、ちょっといいですか?」と声を掛けてきた。私はセビロである。ある理由で大阪府八尾市地図を眺め。汗汗していたところだ。で、その兄ちゃんの顔を見る。そして次に飛び出してきたセリフ「テレカ持ってませんか?」、私は「ハァ」と思って聞き直したが、聞こえるのは同じセリフだ。私は実は持っていたが、素っ気なく「持ってないね」と言うと、残念そうに近くの柱そばにしゃがみ込んだ。ふふふ、しかし訳がわからないのは、なんでいきなりテレカなんだ。有価証券の所持をなんで見も知らぬ人に聞かれる必要があるのだ。あるいは金もなく、携帯(の電池)もなく、困っていたのかもしれないが、聞き方頼み方自体が意味不明である。それに大阪駅構内なら、小銭程度は間違いなく数十分で拾えそうではないか。そう考えると、あの兄ちゃんは何者なんだろう?と思ってしまうわけである。単なる暇を弄んでいる人間観察者だったりして、とも期待してもいいが、さてさて。
 ところで野茂が無安打無失点試合を為さしめた。なんでもアメリカンとナショナルWでは四人目らしく、これは凄すぎるし、歴史にも完全に残るだろう。日本も韓国台湾などと共に米のプレーオフに参加とかしたら面白いとか思うし、実現できれば日本の野球協会も見直すのだが、まずしばらくは絶対に絶対に絶対に無理だろう。なにせセパのクロスする公式戦すら存在しないくらいだ。更に言えば、台湾韓国との東アジアリーグが出来れば奇蹟としか言いようがない。特にセの狭い視野しか見ない狂的エゴがある限りは何もあり得ないだろう。予測では、韓国台湾が先に行動を起こしたときに、ようやく考えはじめるといったところだろうか?それとも日本の選手が先に行動を起こすだろうか?つまり古くさい体質とエゴの固まり、アンフェアな偏りに異議も唱えられない日本の野球を捨てて、米に夢を求めるか?ちなみに私は米国(広義の政府)は嫌いな国ランキングの常に上位にいるが、そんなものは関係なく面白いゾクゾクするものはゾクゾクするものだ。それは日本の野球の魅力のなさが最大の原因だ。米野球を見ると、その差は歴然たるものだ。これは誰もが感じることではなかろうか。決して技術面だけではない、なにかが大きく違う。過去の実績はただの実績とすることから生ずる新人ベテラン関係ない競争原理によって、一人一人のやる気にも歴然とした差があるのが要因かもしれないし、日本の某球団のような主人公然とした傲慢チームと、その下で細々と稼ぐコバンザメチームのような関係もない。果たして某球団読売はグローバル化の波に対抗出来るのだろうか?あらゆる野球選手は読売が金銭面、スター性ともに最高だと認識出来る時代ではなくなった以上、二十世紀の終焉と共に消えかねないような気がするが、こういう外圧もあることだし、ファン離れを恐れるならば、そろそろ公式戦での一部セパクロスゲームや韓国台湾のプロチームとの真剣勝負(日本シリーズを改造して、東アジアシリーズにするとか、それに伴う一部公式戦クロスゲームを追加するとか)の大改革をするべきだ。そして東アジアに北米地域を加えることで、国際野球連盟を作る動きを見せるべきではないのか!?もしこの手の実現可能率が高い構想がない以上は日本の野球は、21世紀滅びの道を歩むしかないだろう。
(註)私はサッカーファンであるので、上記文章には多分にその要素的なものが入っているので注意が必要である。東(南)アジアカップ(アジアクラブ選手権、アジアカップウィナーズカップ、世界クラブ選手権出場チーム以外のリーグ上位チームカップ戦として)に関しては、サッカーでも希望だと付け加えておこう。
 あっ、今日の出来事は、3対1の集団面接だった。考えがまだまだ表面的だと突っ込まれるたびに認識出来、有益な面接だった。やはり成果があると良い。これは横やりからの生意気なニミチカのセリフだが、ここらが「ミイソ」とは違うところか。「ミイソ」の製品なんて、アレ関連のジャンク・中古以外買う物ではない。ノートPCやルーターは将来の計画に考慮していたが、アレが復活しない限り、新品には見向きもしないだろう。もし奇蹟的にアレが復活すれば、無理なローン組んででも買うだろうが、「ミイソ」だから期待薄だ。と、相変わらずニミチカの奴は勝手なことを言ってるようだが、とりあえず相手にするのはよそう。
 ところで、私が八尾の地図を見ていた理由だが、実は午後の説明会あることをすっかり忘れていて、手帳には八尾の某ホールの名前だけが書いてあったのだが、どこだかわからない、汗、ということなったから調べたからだ。
 そうだ、三井住友銀行の支店名は両方変わってなかった。ただ一文字あるかないかの差で非常に紛らわしいのだが・・・。


2001年4月4日(水)
 2対1の面接と性格適正検査が午後にありました。我ながら、どうも文言対策が今一つです、逆質問はうまくいったつもりですが、対策してないところの質問が即考えだったせいで、取って付けたような返答になってしまいました。これからの面接ロードのためにもまともな考えをまとめておかなくてはですね。案外私はアドリブ率高いですし。
 昨日のイチロー以上?にメッツの新庄、大活躍でしたね。なにせ生き生きとしている。日本のシステムは個性ある才能を殺すシステムだということを案外証明してくれるかも知れませんよ。


2001年4月3日(火)
 予定なし。とりあえず昼前まで寝てました。その後、成績証明書を発行しに学校に出掛けると、この日は入学式だったのですね。三年前はもはや大昔にも感じられますが、あれから私の人間的レベルはアップしたのでしょうか。そうであると信じたいものです。そもそも本来人は生きるごとにレベルアップするのが当然で、その安定成長が常識なのです。つまり実感がなくても、いつの間に力が付いている、というのが本来の姿であるはずです。現状維持はいかなる場合でも低俗化に過ぎません。例え自分の周りだけでは皆レベルダウンしている中で現状維持では、狭い世界では相対上位に立てるかもしれませんが、広い視野で全体的に見ると、それは単なる低俗化、足の引っ張り合いです。だから、お前はどうなんだ!?と言われるかもしれませんが、私のレベルは安定成長率を上回ったのか、それとも下回ったのか、いやレベルダウンしたのかは、単純に即断できませんが、とりあえず信じましょう。上がった部分の方が多いことを。
 そうそう、今日は妙に曇り空で風が冷たく、コートで学校行きでしたね。新青年復刻版などを久々に読みました。あとは今週の履歴書生産。ちなみに現在、京都の法●院でガイド期間中です。私は未参加ですが、京都の寺院好きな方には、色々他の寺院も特別拝観していますから、お奨めしておきます。
【追記】別に書くほどもないでしょうが、最寄り駅に三井住友銀行が二つ。しかも五十メートルも離れてない・・・、私は住友がメインなので、出来れば旧さくらが閉鎖して欲しいのですが、旧さくらの方が駅立地的には上(私的には家に微妙に住友が近いが)なんですよね。まぁ、とにかくどちらでもいいからさっさと一つにするべきです。支店名も確認もしないと、迷惑的不便ですしね。CtoC取引の時とか。


2001年4月2日(月)
 午後にグループ討論、とりあえず楽しめました。少なからずもこの広義の楽しみがないと、就活なんてやってられないです。しかも交通費として、ななんと漱石くれるし、気分は晴れやかだったりしました。


2001年4月1日(日)
 四月も始まり気分一新と行きたいところだったけど、今日は気分を害している。ゆえに日記はこれだけ。
 らしいので、代打として、僕ことニチミカが執筆しよう。ここからの文章はアイナットには関係ないかもしれないので、僕の不倶戴天の敵アイナットファンは読む必要はないのかもしれないさ。もっとも奴のファンなんていないと思うけどね。とにかく内容。この僕も実は不快な一日だったんだよね。「ミイソ」という大企業の説明会+筆記試験がこの原因なんだけどね。もちろん筆記が出来なかったなんて些細なことが原因ではないんだ。一言で言えば、杜撰さと傲慢さなんだ。まずプレ要因として、なぜか参加証を送ってこない。電話しても今思えば、奥歯に物挟まったごとくの傲慢な対応、日時を聞くだけで限界だ。しかも東京まで電話代払わせるんだからね。そして本日の説明会の準備の杜撰。常識に考えられるとおり、時間の三十分前程度に行くと、外に黒山のセビロ。これがお仲間なわけ。そして信じられないことに何のアナウンスもなく、結局ようやく時間ピッタリぐらいにその会社のビルの中に入る。しかしそこで終わらないのだから馬鹿げている。この僕でもそう思うんだ、はっきり呆れたね。なんと、ビル内に入れただけで並ばせもせずにほったらかしなんだ。そしてしばらく後、準備が出来たとか言って、エスカレータに並ばせる。これを杜撰と言わずしてどうしましょう。理解に苦しむさ。そして参加証未着の旨を述べると、ろくな釈明もせず代わりになぜか廊下で妙な紙を書かせる。これは説明会中も同じで、葉書(参加証)を忘れた方は云々としか言わず、まるで全てこちらの非のよう言い散らす。これはまたムカついたね。このニミチカ、アイナットなんぞと違って、心は広い方さ。それでもこんな感じなんだね。話は説明会に戻るけど、もちろん予定が遅れ気味の釈明の言動も態度も全く見えない。傲慢な証拠だよ。人間傲慢はいけない、自民党の古賀幹事長の傲慢な態度にも苛立ちを感じるが、それと同じさ。この「ミイソ」確か学内セミナーの時には魅力を感じさせてくれたものだったが、一気に興味を失ったよ、僕は。気まぐれなアイナットの奴がどう考えるかは知らないんだけど、失望感はあるだろうね。で、実は帰りは最後のとどめだったんだよ、しつこいね。外への出口の自動ドアが閉じてるんだよ。それなのに社員さんは誰も現れない。これはどういう対応なんだろう。おかげでまたもや一階フロアは黒山のスーツさ。何とか、僕は早く帰りたい一心だったから前にいたんだけど、手動で開ける方法を見つけて、無事に済んだんだけどね。まさかあれは猿の群による密室脱出法でも計っていたというのかい。馬鹿げているよ。まさに入口から出口まで、ここまでダントツに魅力を下げてくれる説明会は希有だよ。確かに今までだっていい感じではない説明会もあったさ、でもね、ここまで三拍子揃うのはある意味、奇蹟を感じるね。蛇足ながら、帰宅後の他企業の電話応対がむかつきモードのせいで横柄になってしまったとアイナットが嘆いていたね。なんて日だ、畜生め、とも言ってたかもね。いくらエイプリルフールでも、許されるべき日ではないよ。アイナットはこの日が大好きだそうだけど、ご愁傷様だね。では終わろう。くだらないものを書いたものだね。臨時ニミチカ日記FIN。
【追記】何やら、ニミチカが意味不明なこと書いてますが、追記はいつものアイナット執筆です。エイプリルフールでお笑いなメールが何通か届いていました。MS系メーリングリストは一瞬信じそうになってしまいました。そういう最後に嘘でしたとかの記述がないので、ちゃんと読まないと(汗)になりますからね。ここ辺りは知識がないと騙されたりして(笑)


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