2001年11月29日(木)
コートを今冬、初めて着用。日中は少し暑かったかもしれないが、いつもの秋な服装だと寒そうだったのも確か。それに最近は部屋の中の方が寒くなっている。特に夜は。
ウィルスメール、今日は、二十三時現在で六通。どうでもいいが、フリーなウイルス対応ソフトでもいかがだろうか。どんなのかは知らないが。
2001年11月28日(水)
今日はなぜか8時に起きたクセに、夕飯買う以外は引き籠もっていたので、書く事もないのだが、あまりにもウイルスが退去してやって来たので書き込む事にする。昨日も書いたWORM_BADTRANS.Bというウイルスだ。それが五通、何を考えてんだ、としか思えない。全然知らぬ人からだから、おそらくは私のウェブサイトのキャッシュ情報から送られているとは思うが、いやはや鬱陶しい限りである。五通だぞ。五通。二日で七通だ。とりあえず注意文返信してやることにするが、もういい加減ネットセキュリティのレベルを上げて頂きたいものだ。世界中のPCと繋がっているのに無対策なのは、外が吹雪なので裸で出かけているような物だ。しかもそれだと自分が死ぬだけでいいが、他の人にまで迷惑不幸をまき散らすとはまさに最悪である。MSもMSだ。己の最初からつけているセキュリティーホールだらけのIEやらOEをOSに無理やりくっつけておきながら、一番カモになりそうな初心者がまず見そうもない所(MSのその手のWEBサイトやPC系情報サイト)で、SP2にせよ、だの、新たに発見されたIE6やIE5.5SP2の修正プログラムを導入せよ、など言うのは、いい加減すぎる適当な対応で無かろうか。そもそもMSはそのあまりの帝国主義から世界中で憎まれる傾向がある。特にMS嫌いはUNIX系を使える猛者に多い。あっ、二十三時半現在、書いているうちにもう一通のウイルスメール。とにかく、IE、社員によるセキュリティホール潰し、いくらやってもイタチごっこだろう、今後も。ならば使わないのが一番である、と私はますます確信してしまった。あのXPも出たばかりなのに、バグ修正プログラムが20MBあるという話だし。あの会社のは明らかに正規ユーザーをモルモットにしている(爆)。
もう一つ、スパム電話についても書いておこう。これは東京新聞や愛媛新聞にも載った携帯電話を使わせた詐欺事件だが、詳しくはこちらを見てもらいたい。なんでもワンコールで着信履歴を残し、変に思ってかけ直すと、Q2回線転送か何かで、十万円請求されるという話だ。あとプッシュサービスを用いた詐欺というのもあるらしい。全然異なる質問が来て、aなら1、bなら2を押してください、と来たとしよう。それで1を押したら、はい、契約されました、という恐るべき詐欺である。その後請求書が来るらしい。なぜ私がこうも書くかと云えば、先に挙げたWEBサイトに記載ある電話番号から昨夜ワンコールあったのである。大阪06からだったので、下手すれば気紛れでかけ直したかも知れないではないか。幸い私はこの詐欺については既に知っていたので、怪しいな、と思い、更にあとでそのサイトを調べたら、ビンゴだった訳だ。恐るべき詐欺行為である。素早い当局の対応を望むばかりだ。
あっ、二十三時四十五分現在、もう一通ウイルスメール(爆)。
2001年11月27日(火)
一度は金がない(今は800円しか持っていないらしい。明日明後日には降ろすだろうが)ので断ったものの、結局中途参入し、無銭飲食させてもらってしまった(汗)。まあ、でも行って良かった所だ。忘れ去られてはいないようで嬉しかったり(爆)。
学校は例のごとく午後3限、しかし今朝見た夢は前の日に見たメールの影響だろうが、不吉だった。しかし愕然と悲しんでいたので自分的には許せる夢だった。どうせは仕方がないことなんだから。
しかしWORM_BADTRANS.Bというウイルスが二通も来たぞ、しかも別口。これも前のニムダ同様にIEとOEのセキュリティーホールを衝くウイルス。両者を全く使わぬ、しかもメーラはshurikenでHTMLメールもIEエンジンで勝手に開かず、Justviewで開いてくれる私には無効だからいいのだが。ちなみにウイルスバスターのトレンドマイクロからもWORM_BADTRANS.Bに気をつけよ、というメールが(爆)。一緒に来てもね(汗)
2001年11月26日(月)
とりあえずファミマで前売券を購入。
盗人が出たらしい。いきなりのアナウンスには少し驚いたのだった。
しかし今日は昨日の食い過ぎでのせいか、一日中腹一杯だった。飯は二回食ったが、無理やりに近い。いいのか、悪いのか、よく分からぬ状況である。
2001年11月25日(日)
やって来たるは教材だった。会社から降りてきた通信教育。
連絡の妙。これはあまりにも妙だった。実に蔑ろにされてないだろうか、まぁ、それも仕方ないかも知れないが。
2001年11月24日(土)
三井住友、引き下ろせるのに、預けられないのは、いやはやである。引き落とし対策として貯蓄や他行分をこの普通預金に移動したかったのだが。しかし郵貯があるからまだいいが、銀行の金が全くないな(爆)。
バナナは良い。実家時代はあっても農薬が嫌とか言う愉快な理由で拒否していたが、これは異様に安いクセに栄養あるし、腹にも少し貯まる。ということで今日も購入したのだった。しかし最近は食費が異様に掛かりすぎているような気がする。低予算でコスト削減しなければちとマズイかもしれない。
Jだが、福岡が落ちた。別に魅力も薄かったが、落ちるといやはやである。来期のJ2では奇しくも大分、鳥栖を交えて九州ダービーとは。しかし福岡は弱小過ぎた。というか落ちて当然の弱さだ。前節の十人相手に大逆転負けもだが、九人相手に負けるか普通、と思う。まともな監督を招集すべきであろう。しかし九州のチームはかつての鳥栖フューチャーズにせよ、大分にせよ、いつもギリギリでトップリーグには上がり損ねている。挙げ句の果てには鳥栖は借金が嵩んで一度崩壊し、低予算で再構築されたくらいだ。大分にもこの点危惧しないでもない。何とか頑張って貰いたいものだ。でもJ2(旧JFL)は毎年面白いのだが(爆)。
2001年11月22日(木)
キキキー、突然の急ブレーキ。ドン、飛んでいく肉塊。もはや目の前は真っ暗だった。これから起こるであろうことが脳の中で虚しく流れていく。幸せは消し飛ぶんだ。わあああ、こう言う時に悪魔は囁くのだろう。いつの間にかそれをトランクに詰め込んでいた。ピクピクと動いた気もしたが、そんなものはもはや関係ない。素人目に見ても、虫の息にしか見えない。いや、そう思いこんだのかも知れない。誰もいない郊外のたんぼ道。後から考えてみたら、この情況もいけなかった。しかしこの時の僕は如何にこの哀れなる疑似物体を片づけるか、を考えると同時に、僕の目の前に出てきたこの物体の自業自得だと考えた。飛び出す悪魔は所詮はたがが悪魔なんだ。僕は悪くない。日常も何も変える必要もない・・・・・・・。
私の自転車の前に、猫が突然飛びだしたのにビックリした事から思わず想起した月並みすぎるストーリーが上記である。決してニミチカの日常ではない(爆)。単なるいつものクセだ。書く事が特にないので、無理やり書いている日記。それは妄想記だ。ちなみにもちろん猫は無事である。そもそも私は人間以外のほ乳類を直接傷つけた事はない、と思う。これは自信がある宣言だ。
今日は学校行くも、休講2つで最悪である。変な補講を増やす無かれ。
2001年11月21日(水)
パルック購入。しかし午前に歩いて行った近所の和光電機が閉店日だったおかげで、時間の都合と少々面倒な事もあったので、学校の生協で買い、夜に取り付ける羽目になってしまった。とにかくも、斯くにして、まぁ、とりあえず光は戻ったのである。勿体ないので、32形のパルックしか買っていないが(笑)。
2001年11月20日(火)
全てが闇だった。光明はもうわずかしかなかった。何もこの時期に切れなくてもいいではないか。私は盲目地獄にいる。ディスプレイが部屋唯一の光源と言って良いのであるこの恐怖。もちろんTVもだが、あれは闇中だとチカチカしてどうも頂けない。玄関の光がこれほどありがたい物だとは。わぁ、暗いよぉ。とにかくキーボードの文字も読みづらい。それは突如だったのだ。部屋の電気切れ、これが事もあろうに夜に起こったのである。ハッキリいって最悪である。どうして後半年保ってくれなかったのか。いきなり真っ暗なんて、光とはこれほど闇と紙一重だったのか、実感。光無くして人は夜に活動出来ぬ。PCの存在がなければ、まさに間抜けな状況だったことだろう。と、まぁ、この程度のことで、300字以上も綴る方も綴る方だが、とにかく明日、天使のパルックを買わねばなるまい。
なぜか昔から憧れでありながら、実現出来ずにした、トラックの石焼き芋屋から初めて焼き芋を買う。350円。感動の瞬間だと言えよう。これがまた美味いではないか。しかし夕飯の前菜としてはやや腹一杯になりすぎたのだが。とりあえず夕飯後は食い過ぎ状態だった。
中も廊下も電気が消えて暗かったとは言え、便所に入りそうになってしまった。ふと見ると、女性便所。私は最後の一歩を踏みとどまり、妙な方向転換をしたのだった。この日は妙に疲れていた上に体調も悪かった。ゆえに脳の働きも鈍く、呆けっとしていた。とは言え、人から怪訝な目で見られてしまった。いやはやである。いくら私が普通の逸脱を常に目標にしているとは言え、これは目指している方向が違うのである。
2001年11月19日(月)
【前記―4時に記す―】獅子座流星群は、1時〜2時頃に雲だらけだったので焦っていたが、何とか充分な晴れ間も生まれてきて、3時から4時位の間に東南東〜南(西)の空に100個近く見、とりあえず満足。最高で一分に20個近く流れるのはまさに壮観である。大きく赤く流れて見えるのが一番良い。直接は関係ないが、4時少し前に上空に鈍い速度で飛んでいた赤い色点滅。あれは夜間飛行機なのか? まさか人工衛星であるまいし。しかし一瞬ガニメアンかと(笑)(前記終−以下23時に記す)
久し振りにCDを借りた。J-POPだが、例のごとく、とりあえずいくつかをRに焼いて、全てMP3にしたのだった。即日にすればよかったかな?
最近睡眠時間が短くても平気になっている。というか、無駄に寝過ぎても単なる時間の無駄らしい(笑)。とにかくなぜか今日とか5時とかに寝ても、10時前には起きてしまうのである。しかもなぜかハッキリと。どうも布団内部の熱でのぼせて起きてしまうような気もするが、果たして? 実際、のぼせて鼻血事件というのはそういえば昔あったものである。
2001年11月18日(日)
もう修正済だが、昨日のは思いっきり日付ミスであった。16日が並んでいたではないか。しかも本文でも間違えている。まぁ、これも速攻で綴ったゆえの仕方なさと言えよう。この程度のミスはどうでもいいことである。
結局、J1昇格は仙台、やはり最終戦で突如ギリギリ圏内に入ると、負けてしまう。この法則はまた続いてしまったようだ。あとは、とにかくただでさえ、西低東高のJリーグ、福岡には最終戦勝って三年連続薄氷の残留をして貰いたい物だ。それと山形はあの予算・戦力であの成績は凄すぎると言える。これは新潟にも言えることで、来年にも頑張って盛り上げて頂きたい所だ。
日記だが、特段書き留めるようなことはないし、既に23時53分、沈黙しておくとしよう。
2001年11月17日(土)
ちょっと時間がない。もう17日が終わりそうだ。部屋を片づけてコタツを出した。でも暑そうなので、まだ入っていない。もちろん電源もつける訳はないのである。
シチューがうまかった。って、またシチューか、月に一度は絶対作っているな。しかも大量に。でもおかげで常に満腹である。無理に食わないと無くならないくらい大量だ(爆)
。
時間がないので、この辺で終わるが、J1の福岡ピンチではないか。明日は大分にも少し期待しつつも、柱谷幸一の山形にも期待しよう。でも何となく、大分に奇蹟が起きるような気もしないでもない。
さて、獅子座流星群。この前は一つしか見れなかったが、群を見たいものである。26時間後くらいか?
【追記−11/18】リーナス自伝の感想だが、結局いつもの私の調子でおかしな文章で綴ることにして、午前中に余裕でスラスラ1000文字OVERである。これでいいのやら、と思いつつも、まぁ、いいか、にしておこう(汗)
2001年11月16日(金)
些細なことだが、信用出来ぬ友人というものもあったものだ。些細なことだから構わないが、これは真友に成り得ないことを意味する。なにせ信用出来ないのだから成り得る訳がない。そこには偽友の影すら見えるではないか。たった四時間前の約束だ。これを平気で反故にするのだから、しかも単なる予定変更とか意味不明な理由でだ。それなら最初からいきなり電話なんてしてくるなと言いたい。信用出来ないと言うのは悲しいことである。
ちなみに我が着メロは菅野美穂である。菅野と言えば事実上去年のアレしかないが(汗)。
さて、それはともかく、本日は珍しく熟睡であった。それでさっさと会社の課題本を読了してしまう。ああっ、素晴らしきはリーナス・トーバルズではないか。やっぱLinuxを使わないと行けない。明日からAT互換機で、またイジってみるか。しかしTurboだとスペックギリギリ過ぎなんだよな(^^;、はともかくだ、帰宅後の夜に感想書くのに苦戦していたりする。たがが800字というのに、まさか書けず仕舞いとは。仕方ない明日考えよう。
2001年11月14日(水)
京都へ行き、帰宅は9時頃。やはり京都は遠い。それと朝っぱら電話、今日も掛かってきたが、その正体は無差別らしきリクルーターだった。何という迷惑なことか。おかげで今日もよくわからん夢が覚めてしまった。図書館は辿り着いたのが遅すぎて、危ない所だったが、サンデー毎日の目的は達することはギリギリで出来たのだった。しかし今日の服装センスは拙すぎるな(爆)。
2001年11月13日(火)
何か忘れたがストーリー有る夢を覚まさせた朝っぱらの電話、おかげで夢は愚か、寝直せなかったではないか。頭に来るな〜、朝の卓上電話では、間違いなくどうでもいいことだろうし。
どうでもいいが、最近も夢ばかりで眠りが浅い、だから寝た量があまり関係ない。よく寝ても疲れているような気がする。どうにかならないものか。
特に普通に記述することはほとんどない。午後にゼミとローマ法×2でフルの3コマな日だった程度だ。で、帰宅は八時頃。
2001年11月12日(月)
事前研修な一日。疲れました。そのせいなのか、帰りのJR電車160円なのに、おつり貰うつもりで入れた210円そのままの切符を買ってしまいました、いはやは勿体ない。ところで何となく益々東京出向の確率が増えたような気がします。やはり関西実家人でないから飛ばしやすそうな予感なんですね。しかし5月に決めるのは困ったもの。
2001年11月11日(日)
何も書くこともないけど、暦が一が五つの十年に一度の日だから記しておこう。
しかし何もしてないに等しいこの日。こんな事では、駄目だと言うに。贓物を鴉に啄まれた気分だ(謎)。いや実際は鴉に遭うことも敵わぬ情けなさなのだが。
さて、明日は会社の第一回事前研修。
2001年11月9日(金)
こんなことでいいのやら、と自問自答した。否、駄目だ。これではあまりにも異様すぎる。いくら特殊性嗜好でもマズいんでないかい。しかし、しかし、過去の回想のために現在を代える必要があるのか。否、それは大袈裟だ。しかし・・・・・・、わぁ、廻る廻るぞ、この情況、どないして料理してくれようか。
核使用を求める声が六割近く。歴史は繰り返すと言うが、米国人はやはり自分のことしか考えていないのが浮き彫りだ。情報操作らしいことで、アルカイダに必要以上な危険性を植え付けるのもさすがの手腕としか言えない、世論操作。
2001年11月8日(木)
さぁさぁ、今日は「いい歯の日」+だ。
午後から三コマは本曜日の週課でいつもと変わらず、いや久々に珍しく休講ではなかったか。
携帯電話の電磁場は予想以上に凄い。いちいちパソコンのスピーカーが反応するのだ。ジジジジ、となる。しかも50cmほど離してようやく耳に聞こえる反応が消える。これって結構凄いのでは、と思ってしまった。まぁ、一応電話が鳴る時やらメールが届く時、このスピーカーの悲鳴が、携帯の着信音より微妙に早いので、すぐ気が付くのだが(爆)。
時が経つのが早い、ほとんど何も為し得ない日が多すぎる。我ながら愚かと言うしかなかろう。今日もアッサリ風のように過ぎ去ってしまった。
2001年11月7日(水)
独人がアバウトな情報求めてくるから、2時間もメール書くのにかかってしまった(汗)。しかも不十分。帰宅9時でこれでは、困ったものである。
抜き差しならない事実に今日気が付いてしまった。最後のゼミか、事前研修か、そりゃあ後者しかないな。先生に謝って置くしかないか。
2001年11月6日(火)
午後の授業3連チャンで出たのみで特に書くことはないようだ。
ただNHKが夜に久々に来たので、金がないという一言で、あっさり追い返したということは書いておくとしよう。
笑っていいとも、今週はタモリが入院中なので、不謹慎ながら、少し変則的で面白いかも知れない。
2001年11月5日(月)
なんという感動でしょう。ハートは震えるばかりです。ダイヤモンドバックスの劇的とも言える逆転サヨナラWチャンピオン。魔のリベラが出てきた時は、うっ、と来ましたが、その怪物からのサヨナラ。中3日のカート・シリング、そして一人置いて昨日100球投げたランディ・ジョンソンにリレー。このウルトラとも言えるつなぎが、神懸かり的な意思を生みだしたのでしょうか。とにかく感動をありがとう。やはり今年見た限り、米大リーグには痺れる面白さ・魅力があるようです。しかしこのワールドシリーズは本当に凄かったと思います。これが日本のどうも熱のない・偏り激しい野球との大きな大きな差なのかも知れません。それが野球とベースボールとの差だとしたら、日本の野球はグローバル化競争の波に飲み込まれて、消滅してしまうでしょう。少なくとも他の野球する国でもウケる、そう高校野球の熱情のようなものを感じさせる「正当な」野球でなければ、運命はそちらに流れてしまうかもしれません。さぁ、構造改革を期待しましょう。おかしなネジレを取り除き、協会そのものから癌やらミイラを取り除く事からだろうか。そして高校野球が地方を盛り上げる高い要素を持っている事を考えると、もう少しチームを地域に分散するべきではないかと思います。地方分権・地方の活性化の実現のためには、中央のチームのおこぼれ試合を貰うのではなしに、地方自身の意思の総一となるチームが必要なのです。この点も大リーグ、そして日本の、世界のサッカー界に比べて、全くと言っていいほど実現しておらず、大いに情けないということが解ると思います。やはり努力して頂く必要があるでしょう。
で、米大リーグを見終わってから、学校へ行き、学割を発行しました。図書館に会社の課題本があることも分かったので、とりあえず次回の貸し出し予約を取り付けております。もっともこの本、西宮市図書館にもあったんですですが、全て貸し出し中だったわけですね。で、学校も貸し出し中ですが、ここでようやく予約手続きをした訳でした。あとはご飯を食べて、学校はこれでお終い。今日は特に取るに足る、というか出るに足る授業はありませんので、参考までに。大体四回生で学校に来るのも珍しいのですぞ。
その足で、電車に乗り込み、梅田へ行きました。ここで来月の船の切符往復分を購入し、本日の任務完了です。それから1000円ショップでリュックと、なぜか少なく感じていた靴下4足セットを購入ですね。そして他の店で既に崩壊していた、特に小銭入れは破れまくっていたこともあり、財布を購入、値段は800円、爆安です。
ついでにいくつか古本屋に寄りましてね、雑誌・幻影城と睨めっこをしましたけど、特に甲賀三郎の「勝者敗者」再録号と、橋本五郎「疑問の三」前篇及び後篇再録号を手に取りましたけど、少し最近金使いが荒いので、購入は控えて置きました。千円〜二千円だったのですけどね。結局本系は何も買わずだったのでした。
そういえば、海外からの英文メール第二弾が来ました、最近。deアドレスだから独逸だと思いますが、サイトを見ると、独仏英の三カ国語対応なので、実際はよく分かりません。とりあえずかなり辞書無しの即興英語で情報は配信しました。しかしそう考えると、いくら何でも久々に英文サイトも更新しなきゃあマズイな、と思ったわけなのでした。最近は日本語サイトの更新ペースも鈍化しているというのに(汗)。
【追記】先程来たメールによると、独逸人のようだ。色々日本の探偵小説について知りたいようなので、とりあえずしばらく情報提供が続きそうな予感。それは日本探偵小説界があまりにも海外に閉鎖的であったからなのだが(未だにそうだ)、とりあえず私は伝えられる部分は伝えたいと思う。とりあえず使うと、英語の勉強にもなるし(笑)、とにかくインターネットはこうなったらまだまだインターナショナルで使ってやるぞ。でもやはり日本人の名前は混乱しているらしく、この人のメールには、Kobo Abe と Murakami Haruki が同居しています。ちなみに私は一回目には必ずハイフンを付けて、Inatomi-Kazukiと書き、とりあえず間違えられないようにはしているのだが・・・。大体日本人位でないのか、自分から名前入れかえるのは。姓名仲間では、ルーマニア人やらトルコ人、韓国人、中国人はしていないはずだが。
2001年11月4日(日)
ようやくだ。ようやく携帯を機種変更。前の奴は二年弱使っていた(爆)。とりあえずこれでようやく8ビットながらカラーになった。相変わらずツーカーなのは言うまでもない事だろう。とはいえ、新機種なんて金がないので、アップグレードポイントで済む、無料で交換出来る機種、つまり一世代古い機種にしたのだが(本当は先月から無料化してたが色々あってちと面倒だったらしい)。いいのさ、とりあえず私には16ビット液晶もデジカメ内蔵もそして他の最新機能なんて勿体ないのだ、それに一万数千円払う気にはならなかった、というか金がない。だいたいどうせ次ぎ換える時には、それも旧機種以下の0円になっているに決まっているのだから。それでこの三菱製で三機目なのだが、考えてみれば、一機目はパナソニック、二機目は東芝、三機目は三菱。おかげで毎回ボタン配置が違って最初使いにくかったりする。しかも前のよりデカイ。この打ちにくさ慣れるんだろうな、と危惧してたりして。しかし日本語変換は前のがあまりに阿呆だったのに比べると、まだいい感じではあるが。
西宮砲台、それは浜夙川にある。幕末の幕府の対外政策の名残だ。西宮にある国指定の史跡と言う事で見に行ってみたのだ。それは思ったよりも、想像していたよりもデカイ物で、立派だったが、史跡の割には扱いが悪いんでないかい、と思ってしまった。まるで巣の如く雀の群が留まっていたのである。その浜夙川は、秋晴れのぽかぽか陽気だったせいか、ピクニックか何かに来ている民衆が多かった事をつけ加えておこう。
そしてその足で芦屋まで。谷崎潤一郎記念館である。渡辺千萬子との書簡や直筆原稿などを見る事が出来た。他に棟方志功の挿絵などもある。その庭の復元版も洗練された美事な物だ。しかし妙なおばさん複数+子供の複数の連れがおり、これが恐ろしく喧しい。人が気分に浸っているのに台無しにしてくれた、恐るべき連中である。きっと私の他、数人の訪問客達も迷惑だったに違いない。大体谷崎記念館に来て、しかも《「瘋癲老人日記」の世界》企画中のようなのに、瘋癲すらが全く読めないで、その阿呆振りを大声で振り上げているとか、他にもどうでもいい事を絶叫で喚き立てているのは如何な物か。子供は子供で意味不明な声を張り上げているし、いやはや、以外にない。大体響くのだぞ、声が。ともかくもとりあえずきゃっつ等の退場を待つ必要があった。もっとも私も「瘋癲老人日記」も含めた谷崎の作品を数えるほどしか読んでいないので、この点は余裕で失格者ではあるのだが(爆)。
関係ないが、芦屋市って、久々に行ったのだが、西宮市との境目が何処だったかはわからないが、その中途、どうも目に見えて道が良くなったような気がした。家々のレベルも随分上がったような気もした。さすがは金持ちしか住んでいない芦屋である。海外沿いですらその差を見せつけてくれている。って、かなり間違えた見解かも知れないな(爆)。しかしバスも少ない芦屋の山手にずいぶん前に歩いたことあるが、恐ろしい豪邸ばかりである。つまりバスが少ないというのは、誰もが当たり前の如き自家用車を持っているし、庶民のバスなんて乗らない連中ばかりだという証拠なのだ。恐るべきは芦屋。税金収入もいいから、道路事情や建物が立派なのだろうか?
2001年11月3日(土)
雨が降っていたので、出かけるのを取りやめた。今度又行くとしよう。
北海道のホテルの予約完了。船も予約しようと思ったが、土日は営業していなかった。月曜にでも学割取って、どうせ行かねばならぬようなので、そのまま直接梅田に行ってやる、とする
飯を作る直前に気がついた、タレがない。夜、雨降る中、わざわざ今日二度目のスーパー行く羽目になった。しかもそのタレ壜、さて食う時にフタが開かない・・・、とりあえずすぐに開いたが、飯が目の前にあるのに食えない苛立ちがあった。例えるならご主人に嫌がらせをくって、待て、をされている名犬とでも言おうか、って、どういう例えだ(汗)
C大阪の降格が決まった。こうなると、京都にJ1に上がってもらわないと、困るような気もする。現状有り得そうな希望は、大分は厳しいので、京都と山形の昇格と言う所だろうか。山形の監督は柱谷幸一、我が敬愛する柱谷哲二の兄貴である。それと浦和は引き分けた。恐らく大丈夫なラインになっただろうか。さて阿呆な事件を起こしたとはいえ出来うる限り福岡にも落ちてもらいたくないし、こうなると、悪いが東京Vか横浜FMに落ちてもらうしかないな。
2001年11月1日(木)
ちと時間がないので早口で書くとする。
三週間ぶりに京都に行った。先ずはなぜかまだ行っていなかった超有名所・建仁寺である。これが五百円のくせに特別公開分も見れるなど、沢山見れて、お得だったと思える。
庭の美しさや狩野山楽など。しかし風神雷神図が模写なのにはいやはやだったが。それにガイド付きではなかった。しかしそれはそうである。入る時、外の靴二つ、帰る時、別の外の靴二つ。なんちゅう少なさだろうか(笑)。おっと、あと偶然安国寺恵瓊の首塚があり、思わず感動してしまった。そして二十一円の寄附。ちなみにまだまだ紅葉には早いよう。
本日メインは京都府立図書館での甲賀三郎読みだが、これが戦前本のクセに貸し出し出来たので、思わずコピーのために借りる事にした。しかしカードを作ってもらう時に怪訝な顔をされてしまった、いやはや隣接の兵庫県在住ならいいちゅうのに、よく訳のわからない事を言ってきやがります。確かに借りるのは多分これっきりになりそうで迷惑なんだろうが(爆)。
昔のちゃらんぽらん日記録
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