2002年8月31日(土)
大阪ガスの閉栓及び開栓予約、NTTの移転申込み、新聞の手続を全て完了。そういえば、新住所は結構今の所と感じが似ているので覚えやすかったが、新電話番号は覚えやすい現在の物から普通の物になってしまった。まぁ、まだ覚えやすい番号を得たが。所で関西電力も手続しようかと思ったら、西宮市のそこは何と完全に休日らしい。仕方ないから今度会社から掛けるしかあるまい。
とにかくこれで月曜日に転出届を出して、郵便とかの転居葉書を得て出せば、まず必須の手続系も終焉するだろう。ちなみに月曜は11時出社8時定時にしておいたのであった。
そういえば、スーパーでとりあえず本を積め込む小型段ボールを4個ゲット。あと棄てるしかない本の一部を古本屋で二束三文で引き取って貰う。
それらを終えて、六甲アイランドの神戸ファッション美術館に行く。鉄腕アトムの軌跡展を見に行くためだ。表題はこうだが、アトムはせいぜい1/3で、実際は前世紀からのロボット史を追っていくというようなもの。戦前の新青年や科学画報のようなものもあり、お馴染みどころでは海野十三の著作本も展示対象。まぁ、日経新聞に紹介されていた通りであった。とりあえず700円の価値は十二分にあったと言えよう。まぁ、六甲アイランド行くまでには阪急+JR+六甲ライナーと乗り継がねばならなかったが。どれもこれも阪急まで六甲ライナーが伸びていないせいである。そのせいかは知らぬが、三宮南のポートアイランドは何度かあるが、六甲アイランドは初めてであった。随分と洒落た人工島である。
2002年8月30日(金)
この日も西宮北口でうどんを食す。うどん+マクドな夕飯。
どうでもいいが、住んでいるこの町には猫が異様に多い。五分歩くと、五匹に出会う時もある。最低一匹は見る。この間、弁当屋の前にいたトラ猫は可愛かったので撫でてみた。というか、弁当屋の扉の前にいたのだったが。という、この町ともあと半月でさようならである。さすがに四年半も住むと感慨深いものもある。
しかし来月は忙しい。仕事もいよいよ初仕事も本番佳境である。そんな最中が引っ越し日とは、もし進捗がヤバクなったらまずいなと焦ってたりする。しかしこれで10月に妙な場所に飛ばされたら笑うに笑えないな(汗)
2002年8月28日(水)
無性にうどんが食べたくなったので、梅田でうどんを食した。家で食うレトルトカレー+ゆでたうどんを除けば、確か半年ぶりくらいであろう。
2002年8月25日(日)
恐るべき胃痛再びのせいで、予定通り事が進まず。それにしても薬が全く利かないような気がするが。
2002年8月24日(土)
地上波民放が、オールスターサッカーやU21の親善試合を放送するのは当然結構な事だと思うが、ならば不断にJリーグを無視しているのはどうも合点が行かない。何よりその優勝決定試合すらもであったのに、ハッキリ言ってどうでもいいパフォーマンスしか見られッこないオールスターなんぞを喜んで高レベルの試合のように実況する。理解出来ない現象と言えよう。恥のセルジオ越後も情けない代表者だ。
イタリア人のファンが先の韓国戦主審を裁判に引きずり出すらしい。何かと楽しそうな事になれば、と思うが、果たしてどうなるか。本来なら貧乏に悩んでいるはずのこのエクアドル人主審のこの数年の生活状況が気になる所。
本日は予定では東京に向かいたい所だったが、引っ越しの初期費用が思った以上に掛かった事もあり、断念する事にしたため、暇だったので、とりあえず大東市に視察に向かう事にした。しかし吐き気もするほど疲れる日だった。歩きすぎである。
まずは梅田で昼飯を食して、郵便局で速達便を出す。そして京橋経由で住道へ。とりあえず新しい家の周辺を少し見てみる。イズミヤにも侵入してみたが、なかなかのものである。ついでに今回最大の目的たる扉や階段の横幅を巻き尺で測定。うん、一般的洗濯機でも十分通りそうであった。その後古本市場があるようだったので、大体の位置を頼りに探してみるも、これが行けなかった。記憶間違いだったのか、結局見つからず。歩きまくり疲労蓄積の原因はこれであったのである。とりあえずこれは後で場所を確認するとして、その副産物もあったのだった。リサイクルショップのようなものを発見し、ちょっと下見。すると、手に入れたい冷蔵庫、洗濯機、食器棚がそれぞれ安い。冷蔵庫と洗濯機はヨドバシカメラ等で想定していた物に比べて、この値段は最安値に比べても、五分の二程度ではなかろうか。これは考慮しておこう。ハッキリいってそこまで新品には興味は無いし、中古の抵抗の少ない物である。また別のブックマーケットなる古本店を見付けるが、ここはゲームと漫画ばかりで、文庫本は少なしであった。その後、ダイエーも視察してみる。ここではカーペットが売っている所が目に入ったので、値段を確認。と言うのも、新しい家は和室だから、絨毯を敷こうと思っているからだった。
その後、京橋へ帰るが、会社へ通うのに都合がいい車両を点検。次に京阪モールの紀伊国屋で創元「人間豹」を買い、地下鉄・長堀鶴見緑地線で心斎橋へ。しかし地下鉄の京橋駅、JRからはどうも遠い。京橋ではブックオフ収穫ゼロ、アメ村は勘違いらしく何もなく、あっさり地下鉄乗って梅田そして西宮まで帰路に就くのだった。
と、最後に、西北のジュンクで買い損ねのアシモフ二冊を購入して、近所で夕の食糧の買い物して、帰宅。梅田の紀伊国屋はやはり人が多いだけで、どうも品揃えも状態も悪い物ばかりである。
それにしても疲れた。腰が痛くなるのである。体力の無さを露呈しているだけなのかも知れないが(^^;。
2002年8月23日(金)
宝くじ外れた無念(笑)
どうでもいいが、いやそんな事はないが、この間一週間ほど前、買ったばかりの千円鞄が早くも破れてしまって内臓をかいま見せている。さすが千円で、たまにこういう失敗もあるが、まぁ、しばらく使っておこう。前任者は一年半頑張ったんだぞ、なのにお前は駄目な奴だ、の鞄だが、仕方のない奴である。
鉄腕アトム最終話「地球最大の冒険」まさに感動だった。それにしても面白すぎる。これは思わずファンになりそうである。それにしても私史上アトム・アニメは今回初めて見たが、観て正解だったと言う所だろう。イメージしかなかったのが、これほどのパフォーマンスを誇っていたとは。しかし最後には大統領にもなったアトム、そして最後の余りのあっけなさに驚くとともに、死出の台詞は涙しか有り得ない。
2002年8月22日(木)
特に書く事もないが、最近随分涼しくなった。エアコンも出番無し。
2002年8月19日(月)
来月までに着そうもない服を段ボールに詰めてみた。次は何を詰めようか知らん?
BS2の鉄腕アトムが妙に面白いとここにも書き残しておこう。白黒の味わいもまた良ろし。
亀裂が入った窓ガラスの値段は二万円相当らしい。しかし窓ガラスの値段、インターネットで調べても殆ど分からなかったのは謎であろう。
2002年8月18日(日)
結局、大東市住道界隈に引っ越す事に決定。我ながら全くなめられない対応で、お見事であったと自画自賛しても差し支えなかろう。今、大学の側に住んでいる事を留意していたにもかかわらず、去年の会社在籍資料のような物を必要だと言い、それに対して今年から入社というと、じゃあ前の会社の物を、と切り返してきたものだ。それにいえ、去年学生でんがな、と当然のように返すと、なぜか妙に驚いていた。これが新入社員の私の落ちついた手慣れた対応の見事さに驚いたのか、単に私が老けてみられていたかは謎だが、さてどうなのだろうか? 我ながらよくわからん、見た目若いのか老けてるのか。一応人並みよりは若いと思っているのだが? とにかく家賃管理費込みで5万5千円で2DK、三十五平米の部屋をゲットしたのである。もちろん向きや駐輪場が非公式など気に入らない点もあるが、とりあえず隣の土地(狭い駐車場?)が空いている以上、そこが住民の置き場になっているようだ。まぁ、最悪でも目の近くに駅の置き場があるので、もしも維持費がかかっても大したことはない。もっともそんときは費用対効果で原チャリに切り替えるような気はするが。
とにかくこれで四年半の西宮とは遂にお別れである。些か感慨深いものもある。また住道で唯一気に入らない事は、昨日調べた所では、牛丼チェーンが一つもない。ロッテリアとマクド、更にスーパーは異様に終結しているのに、牛丼だけがない。これはどうにかして欲しい物である。
この不動産計画は我が全く引け目もなく自信を持って切り出した激安条件に合う所が三軒しかなかったため、そして中二軒が条件に見合ったために、それを少し考えただけの三時間でアッサリ終わり。切り捨てたのは南向きで綺麗な部屋だが、ハイツで、目の前駐車場で、隣人が子持ち未亡人及び老人、更に上が大学生、トイレ風呂は分離だが、洗面所が無い。これが致命的一撃で、家主のおばさんはいい人っぽかったが、それは決定した所の家主の息子にも言える事だったのでパスと相成ったのであった。
ちなみに最後の一軒は問題外の木造。既に二つで少し迷っていた私は、これは切り捨て。
さて、それで帰りの電車。行きもそうだったが、当然ながら京橋まで快速9分を確認。つまり、住道の改札ならば、下手をすれば現住居から会社のフロアに入るまでよりも近いかも知れない。で、阪急で、明かなお年寄り(この見極めは些か難しい)に席を譲るチャンスがあったので、全く考える迄もなく自然に譲る。今考えてみると、不思議であるが、多分何か考えると譲らないと思われる。まさに反射行動であろう。とか書いてるからますます偽善臭くなる。その時点で、善人の振りをしているみたいでどこかで気に入らないのだが、普通の人はどうなんだろうか? 善い行いと言うが、誰でも、当然、その行為をした事で、幾分精神的に気分が良くなる報酬があると思われる。私も赤の他人のために募金や補助などをしてもそうなのだが、どうもその感覚が気に入らない。善人ブリッコ行為をしてしまったと溜め息すらも出そうになるのである。本当の本当に善人ならば、その行為を一瞬の内に忘れ去り何事もなかったそのものの精神状態で、気分が清々しくなるわけがないではないか。ってそうなのだろうか? これもよく分からない所であろう。まぁ、ともかく私に出来るのは、そういう赤の他人への偽善?チャンスを無視して精神的に気分が悪くなるよりは、善人ぶる方がより良いというような奇妙な選択でしかないのかも知れない。しかし本当の無善者ならば、無視しても当たり前だから平静でいられて便利そのものなのだろうが。ということで、私のような者は一体何者なのだろうか? よく分からない所である。知り合いの場合は無論この限りではないので、一応付け足しておこう。
そうそう大東市住道駅界隈に戻るが、この駅前は奇妙である。何と私の新家とは方向がテンデ違うから夜真横を通る事は普通有り得ないのだが、何と墓がズラリと並んでいる一画がある。駅前一等地にである。そして高架鉄道なので、駅も二階。車は全く通れない、回り道を要するという奇怪さ。なかなか駅前広場は素晴らしいが、奇妙な所も多い駅前だと言えよう。しかしあそこまで墓があると、もしも例え移転しても、そこの土地で飯とか食いたくないと思うのは仕方がない所だろう。まして跡地に住むとなると、一等地でも地代は安くなりそうな予感だ。
いきなり甲子園の話題だが、四国勢に乗り移るはどこの闘神であろうか? 九州があっさり全滅したし関西勢も弱いので、西は極度に弱いと思いきや、ベスト8に四国4つ含めて6校。これは凄いとしか言いようがない。
2002年8月17日(土)
結局明日、大東市住道のエイブルに行く事になった。さて、どうなる事やら。関係ないが不動産屋はいつ休んでいるのだろう? とふと思った。やはり平日に休みを交代して取っているのか?
2002年8月16日(金)
引っ越し先をどの地域にするか、考え中である。第一候補だった関目、千林など大阪市内の京阪沿線に加え、片町線の住道、放出等も捨てがたく、更に東西線の加島辺りも悪くは無い。このように迷うのも、理由がある。会社の最寄り駅である京橋に乗り換え無しですぐ着くのは当然の条件だが、更には京阪沿線にある関連職場、そしてグループで考えると私により関係がありそうな学研都市線沿線の職場。そして今やっている事に関する神戸の西の果てへ行く所用時間。これが強敵である。大阪市の東の方になると、下手をすれば、二時間以上かかる。それが西淀川区の加島なら1時間半で済む。って大した差ではないか(汗)。
【追記】書き忘れだが、鞄と靴を購入。相変わらず安物である。なぜか久々に北新地まで東西線を利用。
2002年8月14日(水)
寝坊してしまい、しかも家出た後、社員証忘れたのに気が付き取りに戻ったら、いつもの時間に遅れてしまう。もっともスーパーフレックスタイムなので、遅刻もくそも有り得ないが、帰るのが三十分遅れた。
2002年8月13日(火)
阪急のダイヤが日曜なせいで、遅れても問題ないとは言え、とりあえず危うい所だった。しかもJRの仕組みも奇妙である。しかし怠かった一日。
2002年8月12日(月)
帰阪して西宮へ戻る。体力がないせいか、バテバテだった、いやはや。新幹線で殆ど寝ないのが駄目だったか。
2002年8月11日(日)
父母同伴で、久々に運転して、宗像大社へなど。まぁ、二度目の運転も特段問題なかろう。路駐がないと随分楽である。更にオートマでは。
2002年8月10日(土)
中学以来のM氏に会うなど。
2002年8月9日(金)
親戚に会うなど。それと最大の御馳走たるギョウザを久々に食す。
2002年8月8日(木)
計画通り、会社から直新幹線へ。バーコードは通った。
2002年8月7日(水)
宝くじを久し振りに買った。実にロト6は大体買い続けているが、ジャンボ宝くじのようなものは五年ぶりくらいではないだろうか。とりあえず6000円消費。
いくら安いからと言っても、マクド五個はかなり辛いものがあった(爆)。
さて、明日は朝から荷物をコインロッカーに預ける等の会社から直帰省計画である。四日連続休みでも、今や暇なのだった。
【追記】何と言う事だろう。そいつはそこに居るべきではなかったのにも関わらずそこに転がっていた。洗濯機の底。私は帰省へ出掛ける前に、洗濯をしたのだが、すっかり忘れていたのだ。そいつは洗濯され、金具も外れていた。幸い見た目的には無事にも見えた。というのも、金具もあっさり装着出来、しかも一応密封されているそいつ本体もフニャリとどうしようもないわけではなかった。あとは明日バーコードに通るかが焦点となるだろう。社員証洗濯した直後のどうでもいい感慨である。
2002年8月2日(金)
滅茶苦茶疲労困憊した今週もようやく終わり。それにしても早八月である。スパイウェア検出のフリーソフトを導入してみたら、23も発見してしまった。まさに恐るべきであろう。
2002年7月30日(火)
さすがに昨日の昼過ぎから今日の夜まで30時間で食べたものが、今日の昼飯のカロリーメイト100円分では、メチャメチャ怠さを感じた。体も脳味噌も働かない。腹痛が結局今日もだったが、夕飯はそれでも食って正解だと言えただろう。
2002年7月29日(月)
冷や汗流す腹痛の前に、会社を4時過ぎに早退。新入社員フォローアップ研修なるものもあったのだが、当然欠席。まぁ、金曜に近況聴いたりしたから、まぁいいか、と言えば、そうなのだが、しかし胃痛は嫌だ。会社に薬も常備していたのに(汗)。我ながら胃腸は軟弱すぎる。風邪は引かないし熱も出ないが、胃腸はあまりに弱すぎる。これは将来内臓やられる形で、おさらば、するんじゃないかと推定もされるのである。とにかく明日明後日で2時間分補完せねばなるまい。
しかし23時前現在も胃腸の調子が悪い、激しい激痛はないが、慢性的に重い。帰って三時間寝て、その前後に正露丸二回も飲んだのに。当然夕飯は欠片たりとも食べる気すら起こらないのである。ということで、野菜ジュースのみ。
2002年7月28日(日)
恒例の探偵講談「猟奇王」+「乱歩一代記」を聴き、その後の打ち上げ。
2002年7月27日(土)
ファンタジックな夢だったが、この日朝に観た夢二つは、全て必死こいて飯を食っていたのが笑える所であった。
さすがに服が草臥れまくっているので、久々にシャツ三枚購入。
2002年7月26日(金)
送別会開催サルル。
考エテミレバ、私は偏狭ナノカモ知レヌ。ソノ成功ヲ見レバ明カデアッタ。病ンデイルノカモ知レヌ。ソノモノニ少ナカラヌ疑問を抱イテシマウノデハ。
2002年7月23日(火)
左目がいよいよヤバイようだ。視力的に左目だけになると、文字を読むのが困難になりつつある。右目が多分いくら何でも0.7以上はあるので、問題はないが、左目は本当に苦しい。
金券ショップで来月の往復分新幹線切符購入。あと今秋は情報処理、ネットワークエンジニアを受ける事にした。ハッキリ言って無謀な闘いであるが、まぁ、一応参考書は買った。
日本人の曖昧さと妥協好きを鑑みると、韓国人の極端さを少し導入したくなってくる。私もここ一月の日記と去年の今月のを比べると極端と言われそうだが、とにかく日本も善い方向も悪い方向も進んだとはいえ、戦前まではあった極端とも言える力強さを少しは導入し直す必要があるような気もする。もちろん極端の極は全体主義に走る危険物だが、個人主義における極端は理想ではなかろうか。それは局所的に優れた才能の開花にも繋がるし、真の個性ある人材育成にも繋がる良い精神だ。このように極端というのは悪いイメージもあるが、良い方に持っていく事で、一気に目覚める起爆剤にもなるかと思う。特色をプラスに生かして、この道に進めば誰もが幸福に進むであろう。この意味では、日本も良い面は良い面として、復活せねばならないのだ。成し遂げられた東アジアの目覚めは世界を良い方に持って行くに違いない。
2002年7月21日(日)
久々に散髪。セビロもクリーニングへ。
なるほど「親日派の弁明」とは、日韓併合に至るまでの、親日派、つまり改革派韓国人達の、弁明と言う意味であったか。今では某国では売国奴扱いされている彼らの歴史的意義を見直させるための。それにしても、美事であった。この著作。日本に関する記述では些か異様に勘違いしている点も見受けられたが、日本の歴史教科書にも全く載っていない百年前の事実など韓国に関わる事が載っていて面白く読めた。そしてそれは韓国の国民性を知る上でも有意義であった。いわゆる内部告発だ。ところで、この「親日派の弁明」、日本語版出版十日余りにして、十五万部のベストセラーとなっているようだ。今日の日経新聞にも広告が載っていた。作者は残念ながら、極めて国家反逆罪に近いとでも言うのか?、全体主義国家にあって、日本での出版記念の来日が国家に強制的に止められるなど、著しく人権侵害を受けているが、果たして韓国政府は、この本のベストセラーに対して抗議でもしてくるだろうか? 真の日韓関係が築けるかどうかは、全く日本の虚しい努力の有無に関わらず、隣の日本を仮想敵国に見なす現状がまさに180度変わらぬ限り不可能もいい所だが、韓国でこの本が有害図書解除されぬ限り、やはり無理なのかも知れない。しかし隣が全体主義から解放され民主主義に目覚めなければ、東アジア全体の繁栄は遅れの道を辿らざるを得ないかも知れない。
2002年7月20日(土)
夕刊がないので、ポカンとしてしまったが、よく考えれば今日は祝日であったことに気が付き苦笑する。しかし土曜日の祝日ほど価値のないものは有り得ない。むしろマイナスに近い。まぁ、メリットと言えば、魔の土曜日出勤が、祝日出勤になり給金が少し増える程度だろう。そういえば、《海の日》だ。去年の日記のどこかに書いた覚えがあるが、この海の日、日本の戦時中に制定された祝日であったように思う。だからハッキリ言って気味の悪い祝日だ。この海は海洋国家としてのほのぼのとした祝いの日ではないからだ。この祭日がなぜ国民の祝日なのか、いまだに奇妙である。
2002年7月19日(金)
今週は弁当を月曜と水曜の二回しか作れずに無駄な出費が発生してしまった。寝坊のせいだが、疲れからというわけではない。なぜだか知らぬが、夜更かししてしまうせいなのだ。いけないいけない。一時までには寝なくては。いくら夕寝したといえども、三時に寝ちゃあヤバイちゅうのに、ばかばかばかって奴であろう(汗)。
キム・ワンソプ「親日派にための弁明」(草思社)という書物をジュンク堂で購入した。まだ日本語版序文しか読んでいない段階だが、これは如何にも素晴らしそうである。考えてみると韓国人著者の本という物は初めて読むような気がする(?)が、これはまさに韓国が好きになる瞬間である。そういえば韓国漫画も面白かった感触があった。とは言え、その韓国本の序文によると、韓国では言論の自由は約束されていないどころか、弾圧される運命にあるようだ。この本で監獄送りにまでされたと言う筆者、WEBサイトを政府の倫理委員会やらに20日で潰された筆者、韓国人に脅迫された筆者。この本に至っても、事実上の発禁処分で、青少年有害図書認定、これは日本で言う、変態エロ本以下の以下と言う事である。私は何となく親韓派だったわけだが、W杯の異常な国民性をもろに受けた反動大きく、気でも狂ってしまったのだろうか、一気に嫌韓派と相成った。さすがに文化の差と言う可能性がある非常識韓国人という事実だけで嫌うのも、韓国国民に意識的に植え付けられた反日感情と同レベル臭く思えるので、少しでも客観的韓国人の目で言う所を知ろうと、この本を購入したわけなのだ。考えてみれば韓国人も哀れな物である。アイデンティティが反日なのだから、それを否定されると国家国民が保たないのだろう。あらゆる点で世界を見ずに打倒日本だけを誓ってやって来ていてたのだから、今更どうしようもない。しかしいくら何でも目を外に向けるべきではないだろうか? 更に歪んだ歴史観を強制的に植え付けられる点も、反対意見を述べよう物なら脅迫状なのだ。まさに全体主義に相応しい条件。だから哀れなのだ。韓国人記者は怒ったそうだ。W杯ベスト16の日本選手に欧洲からオファーがたくさんあるのに、なぜベスト4の韓国選手のオファーが優にそれ以下なのか!? 当然と言えば、当然だろう。よりによってスポーツ開催国で行われたウリナラ一番主義は、サッカーのプレイの質一番主義の世界中を白けさせたのだ。いかに彼らが世界を見ずに日本だけを意識してきたかがわかる大会でもあった。今回は大嫌韓国家・台湾に続き、中国すらも国民レベルで嫌韓国家にする危うさをも体験中である。中国にとれば、北京五輪は待っているし、10年後位にはW杯開催国に名乗りを上げたいはずである。それを思いっきり邪魔してくれた韓国には腸煮えかえる思いもあるのだろう。東アジアは徹底的に汚いというレッテルを貼られかねないからだ。韓国よ、目覚めよ。日本(マスコミ)よ、目覚めよ。真の友人関係は、今のままでは絶対的に訪れはしない。虚飾だらけの友人など、あなたは欲しいか!? そういえば、私は二ヶ月前まで朝日新聞、朝日放送大好き人間だったが、大嫌いになった。ニュースステーションを5分以上観続ける事もあるまい。とりあえず購読経験はないが、今後は毎日系列を応援するとしよう。粉飾は多いが、逆に真実も衝く時は衝く。朝日は嘘ばっかり、或いは誤魔化しばっかりだと今回認識した次第である。ということで、私は右傾化はしていない。証拠でもないが、石原慎太郎は嫌いだし、右翼の姿を強烈に見る場合の小泉純一郎も好きではない。森喜朗に至っては言わずもがなである。(ちなみに長野の田中知事はお気に召している)それに新聞、産経も読売もとてもではないが、購読はゴメンである。フジテレビも日本テレビも前からバラエティー班だ。ニュース番組も考えてみるとあんまり見ない。ただネットは朝日と読売の二本立てだが、他のニュースサイトに馴れれば移行する予定だ。両者とも好きではないからだ。さて、改行も無しの書く為だけの文章だが、この辺りでカーテンフォールして、「親日派にための弁明」読ませて頂こう。期待に沿う内容である事を祈って。おっと、この本がベストセラーになったら、日本マスメディアはやはり無視を決め込むのだろうか? 触らぬ韓国の有害図書に祟り無しというように。W杯のチケット問題、決勝ので韓国組織委員会も絡んでいる可能性が出たと察するや、報道を止めたマスメディアならやりかねない事である。日本人を操り人形に見立てる遊戯、これは不気味さは、住基ネットの国民層背番号付きのカードが送られてくる来る8月初旬に匹敵すると言っても言い過ぎではないだろう。電話番号よろしく自分のこの番号を暗唱している日本人の姿が見られるまで数年もかからないかも知れない。一つの都市でも町でもいいが、のデータが流出して、データ上全員が別人になる事になるのも近い将来語られる大事件だろう。ただ住民票が旅行中でも取れるという妙ちくりんな利便さだけのために、ちょっと前まで、クラッカーに初歩中の初歩の手段でクラックされていた日本国家。これが地方公共団体レベルになると、自分で管理出来るとは思えないのだが。おっと、妙な所から、さようなら、が伸びてしまった。とにかく、金完燮「親日派にための弁明」を読まねばならないので失礼するとしよう。
【追記】これは恥ずかしい本のタイトルを間違えていました(瀧汗)。金完燮の「親日派にための弁明」ですね。
2002年7月17日(水)
今日は朝から恐るべきまでの豪雨であった。北から南に急激に流れる溝が溢れそうになるまでである。おかげで駅までの五分間だけで傘を挿しても、ズボン下がグチョグチョに濡れまくり。これでは全くもって面白くない。は、ともかくお陰で風邪を引いたのか、今日はいつもに増して特に怠くて眠かった。頭もぼうっとして、やはり風邪かも知れない。例のごとく六時に速攻で帰るも、電車で本読む元気もなく、爆睡。寝不足なわけはない。昨日はネットもせずに寝まくりである。危うくお茶を弱火で沸かしたまま寝入る所だったが、一度目が覚めたお陰で事なきを得たのである。危ない危ない。しかしクラシックCばかりと思われる仕事は…、早くアクティブな意味で技術と経験を身につけて●×いきたいものだと思わぬでもないが、まだヒヨコである。秘密にしておこう。ヒヨコと言えば、昔、生卵嫌いだったが、可愛いヒヨコを想像してしまうからだったな、関係なさすぎるが、いやはや失礼。
2002年7月15日(月)
早くも同期が一人去った。いい人だっただけに残念でならない。
2002年7月13日(土)
畸人郷例会に参加させて頂く。
2002年7月11日(木)
今週は九時か十時台にダウンしている。それで二時か三時台に目が覚め、また寝るという生活。たまにはその眼が冷めた時に弁当の米などを用意する。今日は久々に十一時台に突入だ。
2002年7月3日(水)
七月初の日記と言う事で、久々にファイルを新規に。考えてみれば、もう丸二年を越えてしまった。このちゃらんぽらん日記。我ながら、なにげに、これは凄い事ではないだろうか。ハッキリ言って、雑記部分だらけだが、とりあえず何を考えたかが、数年後にわかるというのは、愉快であるに違いない。実際気紛れでほんの少し見てみると恥ずかしいような愉快なようなよく判別付かぬ状況である。とにかく、ネットは死ぬまで続けると仮定すると、まだしばらく続きそうだ。何度か止めようと思ったことはあるのだが、どうもつい衝動が起こる瞬間がたまにあり、たまに大量に書いてしまうのである。(汗)。
査定段階で未入社なのだから当然だが、棒茄子貰えないのが、新入社員の悲しい所である。とりあえずお零れはあるようだった明細書。しかし最近かなり疲れが溜まってきているようだ。眠くて仕方がない。
W杯は終了したわけだが、まだまだかの国は我が国のマスコミ諸君を困らせるようだ。決勝のチケットの偽造問題が、なんとバイロム社と韓国W杯組織委員会による”公式”の偽造券であるというのである。詳しくは先月の日記で紹介したこのサイトにも紹介されているリクルートの情報サイトISIZEをご覧あれ。これは噂だが、三位決定戦の観客は1%多かったそうだ。C国で通ずる同じ金儲けの手段を、N国でもやろうとしたが、何せ当たり前の常識国では大問題になりかねない、ン千万円級の偽造。当たり前の国家なら、例え友好国のK国が絡んでいようが、マスコミは詳しく報ずるに違いないが、きっと狂った宣伝省が勢力を伸ばしているN国では詳しくやる事はないだろう。何せN国の大手マスコミにとっては、K国こそが何よりも大事な全てなのである。 "Coree du Sud" を悪く言う事は有り得ない。事実、今日の、国営放送のNEWS10も、誤審は正当の範囲内と述べたコリーナさんの談話に素早く食いついたニュースのみ。話はちと変わるが、昨日、久々に国営の金を支払えと、やって来た悪漢たちがいたが、嫌みたらしく追い返してやった。彼らに貰ったパンフレットには、公正な放送をするためには、受信料が必要だとデカデカと書いてあるが、件の通り、とても公正には思えないから頭に来ていたのである。そもそもC国民から受信料を取ればいいのでは無かろうか? また今度来たら言ってみるのも愉快そうだ。とにかく300枚?の偽造で、一枚三万円としても、1000万円の大偽造事件である。マスコミが報じないのは如何にも狂気に駆られているとしか思えない。本当に大日本帝国万歳やってた頃と同じなんでは?、N国よ。
昔のちゃらんぽらん日記録
2000年6月〜8月の日記/2000年9月〜10月の日記/2000年11月〜12月の日記/2001年1月の日記/2001年2月の日記/2001年3月の日記/2001年4月の日記/2001年5月の日記/2001年6月の日記/2001年7月〜8月の日記/2001年9月の日記/2001年10月の日記/2001年11月の日記/2001年12月の日記/2002年1月の日記/2002年2月3月の日記/2002年4月5月の日記/2002年6月の日記