ちゃらんぽらん日記

2002年9月10月


2002年10月31日(木)
 今日も寒い。一桁気温では。どうでもいい事だが、って記述内容の大半がどうでもいい事なんだろうが、片町線の列車は揺れが激しすぎる。阪急は吊り輪無しでも余裕でバランスが取れるレベルだが、片町線はガタンガタンである。これは一ト月半でも慣れそうもない。
 そうそう忘れるところだったが、肩の痛み、今日も治らず。むしろ左肩までも少し痛くなってきた(^^;。
 愛媛FC、プロフェソール宮崎FC、SC鳥取、アローズ北陸、アルエット熊本、沖縄かりゆし、静岡FC、ザスパ草津、群馬FCホリコシ。今挙げたのは2005年だったかの設立予定・J3に確実に入ってきそうなクラブチームである。あるいは内の4チームはJ2入りを果たすかも知れない。何げに九州には他にもヴォルカ鹿児島、ニューウェーブ北九州、ここらになると名前ミスも有り得るくらいマイナーだが、Jに加入する可能性の高いチームは集まっている。実は可能性のありそうなチームがいないのは長崎だけではないか! 佐賀には既に鳥栖が、そして大分、福岡といるからである。それにしても面白くなってきた。チーム名が都市名というのは、最大のメリットとして、地方都市、鳥栖や鹿島のような五万人クラスの都市ですら、世界で有名になると言う事である。えっ、Jなんて世界のサッカーファンは知らない? いやサッカーファンの1000人に一人知っているだけでも、少なく見積もって十億人サッカーファンがいると計算すると、100万人に認知される都市となる。しかも今ではJ2の知名度も高くなってるので、日本での地名度は全国区に。唯一夏場だけ高校野球が果たしてきた役割をJが恒常的にしかも大人世代で担う事になるのだ。夢が地方にも出来る事は良い事だと言える。それに仙台、札幌、大分、新潟など地方のチームほどホーム人気が出る(広島、福岡は例外だろう)現状を考えると、愛媛、宮崎、鳥取、熊本、沖縄、群馬、鹿児島、北九州、富山辺りにも初のプロチームという事もあり、妙な人気が出ても全くおかしい状況ではない。関西でも和歌山、姫路、滋賀の北の方辺りに出来れば人気が出るやもしれないのだが。


2002年10月30日(水)
 肩の痛みは全く治らず。
 読売の優勝も早々と決まり、全く盛り上がりに欠けた日本シリーズだったが、サッカーファンとしては、早く終わってくれて嬉しいとも言えなくもないだろう。これでJ2大分の昇格などの話題がメディアに露出される可能性が大幅に増えたというものだ。それにしても、日本シリーズはどこかで盛り上がったのだろうか? シーズン中ならば松井カブレラの三冠王や本塁打記録など盛り上がりもしたが、パの弱体化の証拠再提出と読売の圧倒的な強さの再証明。読売の強さは従来のスター軍団に、生え抜きの強さも身につけた最強の強さであろうが、まぁ、生え抜きの活躍した今年は原辰則という事もあり、納得出来なくはない。しかしこの圧倒的な強さが招くものは、やはり競技全体としては冷めた方向へ向かわせる危険性は高い。早々に韓国台湾チャンピオンチームも交えた東アジアシリーズなどの実施が望まれる所である。むろん太平洋シリーズが最も望ましいのは言うまでもないが。米6、日2、韓1、台1、中1、他プレーオフで各二位以下のチームから5つ選出で面白い事になりそうな妄想は出来るだろう。  ウイルスバスター2003に、同98以降の毎年会員続けてるゆえにアップしたが、PC-9821でも正常に動作しているようだ。まずトレンドマイクロ万歳であろう。何せノートンの方は前版の2002で(MS-OfficeXP同様に)インストールすら出来ないと言う話なのだから。ただウイルスバスター2003のWin2000上の動作条件がPentiumII 300MHz以上, Memory128MB以上。これはクリアーしているし、重みが増えた感も全くないが、次の2004とかの動作条件はクリアー出来なくなるかも知れない。もっとも同98や同2000、同2001の方が重かった気が多分にあるので、恐らくは旧型AT互換機のサポート(謎の動作不可に対応したくないから)も打ち切りたいだけのような気はするが。ちなみにPC-9821のサポートは同2002の時に切られている。
 CUIのコンソールアプリでマルチスレッド、メッセージ処理というのがようやく動いて、喜色満面である。それにしてもGoogleですらそれらしい記述は一件、海外含めても5件ほどしか見当たらず。これで本当に正しいのか、今後聞かねばなるまい。
 新聞の集金で今の持ち金が1000円を切っているのだが、その集金のおばさんのせいで、冷や汗をかいてしまったのが今日である。帰りのアンテナ0本電波切れるような場所で携帯の留守電になぜか入ったメッセージ。それが以下の通りなのだ。「すいません、日経の集金ですが、電気が付いているので上がらせてもらったのですが、すいません・・・」なんだこれは? 電気が付いてるから上がった? 私は恐慌状態に陥ったのだ。とにかく大急ぎで帰ってみる事に。渦巻く光景は泥棒にカギを破られている光景である。で、不安に戦きながら帰ってみると、日常のままだ、朝、弁当用にとチャーハン作った際に廻しっぱなしだと自覚していた換気扇もそのまま。重要品も健在だ。私はここでようやく確認の電話を掛けてみた。(最も早く掛けていれば良かったじゃないかと言われそうだが)すると余所のマンションと間違ったというのだ。全く迷惑な話もあったものである。しかもこの日、夕刊は忘れられていたか何かで、8時頃に催促しようと電話しても誰も出ずの30分。それで9時半前にやっと届けに来てくれた。全く妙な日もあるもんだ。


2002年10月29日(火)
 会社の途中から異様に右肩の付け根辺りが痛い。
 そういえば、コタツ布団を最近になって出したはいいが、よく考えると、今の所、ご飯の時くらいしか入る機会が無いのであった。しかし異様に寒い。もう秋も春も三ヶ月どころか梅雨並みの一ト月ちょっとしかないのでは?


2002年10月27日(日)
 で、結局クリーンインストール。調子の悪かった理由は(爆)な事に、CPUクラーが外れていたから、つまり熱暴走していたからなのだが、それでよくセーフモードで立ち上がったもんだと感心するところである。そうとも思わず、ポンバシでハードディスク購入。更に1000円中古でUIDE-66を入手、生産終了貴重品ゆえにこの値段はラッキーであった。
 油断は出来ないが、ついに大分トリニータが昇格間近に迫っている。それにしても相変わらずJ2は面白い。もう一チームは新潟になって欲しいものだ。地域バランスとサポーターの圧倒的多さから考えて当然というべきだが、チーム状態は怪我人も多く良くはないのが気になるところ。大阪在住としては、C大阪を応援すべきかも知れないが、余りにも魅力がなさすぎる。それに関西にJ2がいなくなるのは寂しいし(爆)。それにしても状態の悪さは新潟以上だろう。監督が無能すぎると、優秀な選手も狂ってしまうという良い例。そういえば、去年フィーバーした山形の今シーズンは不本意そのもので、柱谷幸一監督には来シーズンこそは勢いに乗ってもらいたいものだ。J2の実力差は紙一重に近いものがあり、発展途上であるがゆえに勢いに乗ったもの勝ちというところもある。乗り遅れると、日本経済同様悪循環に陥るのだ。もっともC大阪のように完成されていた戦力で挑んだところもあるが、それも一去年の浦和も同様だったが、後半息切れしてしまうらしい。C大阪はどうなるか?
 補選、予想通り、民主党惨敗、これには鳩山由紀夫に責任取って辞めてもらうしかあるまい。明らかに三割以上の得票を失わせた張本人なのであるから。そういえば、補選でも思い出したが、山形は今年は厄年であるようだ。鹿野道彦、加藤紘一と言った、日本語変換一発で出るような大物が汚職で去り、しかも唯一のプロチームも最下位。入れ替え戦がまだ無いのが救いだと言うところだろうか。
 そういえば、健康診断が土曜にあったが、体重は大台を比較的楽にクリア、しかも視力も右1.2と左0.6と余裕の良さを維持した。もっとも左目は特に第六感で答えている感はあったが0.1から六連勝。まぁ、上下左右ならこれで上手く行くのだからいい事にしよう(笑)これが平仮名を読ませるとかになると、悪くなるに違いない(爆)。そもそも0.1のデカイのも余裕とは言えないのに、なぜ0.6まではスパスパ答えられるのかは謎なくらいな左目(汗)あまりに悪いので0.7は無理せず棄権した(爆)


2002年10月22日(火)
 何やらいきなりえらく寒くなってきた。ブルブル。
 Windows2000SP3相変わらず起動調子悪し。かなりセーフモードで弄った後にようやく起動するザマである。


2002年10月21日(月)
 久々に夕飯にシチューを作ってみた。なかなか美味く出来たようだ。美味く作るコツとしてはどの段階でも強火で一気に加熱させない事とシチューの素を加える直前に火を消して、少しだけ熱を落とす事ってところだろうか。
 Windows2000が三度再起動しても、悪魔のブルースクリーンにエラー画面。起動しなった。その後セーフモードでバックアップをした後、チェックディスクでCドライブを走査。すると、何とか立ち上がってくれた。とにかく調子が悪い。バックアップはまぁ、定期的で万全だから良いと言えばよいわけもなく、壊れぬ先にクリーンインストールかな。


2002年10月19日(土)
 吹田市の日本万国博覧会記念公園にある府立国際児童文学館に行く。珍しく大阪が誇るこの手の日本随一の施設である。ちょうどガンバ大阪の試合数時間前だったので、列車は混んでいたが、我が目的地の方の二階古資料室はガラガラであった。四時間の滞在で全部合わせても絶対十人に満たぬ。なぜか試合後一時間経っていたのにちょうど試合帰りのサポーターらごったかえしで、なぜか知らないが妙な気分になった。それにしても片道一時間半以上は遠すぎる。


2002年10月17日(木)
 遂に遅刻。フレックスとは言え、少し行きにくいよな、交通事情でもない遅刻は。
 所で昨日も会社に妙な電話。しかも高校の特集やって名前を載せるための許可という産経新聞の電話。全く迷惑な話である。まぁ、本当でもそんなんで名前が載っても仕方あるまい。それにしても誰だ、個人情報を漏らしているのは!? 憤慨ものである。が、恐らくは間違いなく大学の名簿、あれこそキチガイ沙汰であり、今度文句を言うべき相手は間違いなくきゃっつ等である。それにしても福岡から電話がかかる事自体が恐るべき名簿力。


2002年10月16日(水)
 昨日の床寝後に三時間活動後に六時前に寝たのが響いたようで、起きたら8時20分。危険もいいところである。どうにかこうにか10分ちょいで準備し、走って列車に間に合うのだった。  家が近くなって、京橋で夕飯を食って帰る事が増えたが、それでも真っ直ぐなら七時前に家に到着してしまう怪異。


2002年10月15日(火)
 孫さんとこのADSL接続完了! スピード計測してみると、4Mbps! この1.2kmの距離ならば、十分合格点であるようだ。所で前の日記、何を狂ったかバイトとビットを勘違い。バイトで言えば、0.5MB/sであった。と言う事で、とてもではないが、来週のネットワークエンジニアに受かるわけがない。午前中の選択問題すら手も足も出ないであろう。ましてや午後の2つをおいてをや。と言う事で不戦敗を宣言するのである。


2002年10月14日(月)
 棒茄子用にアピール書を私らしく夜になって書きはじめた(汗)
隣駅前まで自転車で行ってみたが、住宅街を突き抜けてを目指したせいか、またも袋小路とかで迷う。帰りは懲りて大通り沿いから。しかし行った理由も詰まらない物だ。
耐熱皿を買ってから一と月弱。パンでグラタンやらライスでグラタンやらばかり食っている。とりあえずチーズさえかければ美味いので、飽きるまでは週2であろう(笑)  一ト月目にして時間不足で週末の掃除をサボってしまった。明日しなくてはなるまい。


2002年10月13日(日)
 名張である。手短に書くが、とりあえず生誕地碑、図書館の乱歩コーナーへ行った後、その名張市企画の探偵講談を聴く。そして夕方からは清風亭で大宴会へ参加させて戴く。この清風亭が五十年前に乱歩が泊まった旅館で感動の嵐。ちなみに大宴会はまさに私なぞは大恐縮ものの、その道の著名人達の大供宴。ダントツの年少であるのは言うまでもない。ああ、生きていて良かった幸せ者だと思える瞬間の日だった。


2002年10月12日(土)
 秋服を買ったのはいつぶりだろうか(爆)。しかし部屋も半袖では、さすがに寒くなってきた。
 びっくりラーメン180円、どれだけ不味いパフォーマンスか確認する為に食ってみたが、これが値段相当の予想以上の不味さで二度と食す気が起こらないに違いない。定番カップ麺の方がまだ取り柄が多いと言える。やはりラーメンは美味くなければ駄目だ。と言う事で、その後でモスバーガーでお口直しをするのだった。で、結局損かもしれなかったというのはお笑い草であろう(汗)
 YahooBBのモデムが到着。局内工事も15日に済むそうで、早くなったものだ。しかも初期費用一切無料と来ている。PC-98のCバス10Base-Tのイーサネットボードではどう頑張っても、12MBの最高速は出るわけはないが、とりあえず5MB近く出てくれれば嬉しい限りである。
 浦和が遂に首位。これは凄いぞ大将の密かなるおかげか!?。さて、先日発表されたジーコジャパンに注進したい事が山ほどあるので何か書きたかったが、時間不足で今日は断念。とりあえず私からすれば疑心に充ちたジーコ氏の試合前のやり方である。実監督経験皆無の彼氏の余りに子供じみた黄金の中盤構想は上手く行くのだろうか? 私はどうしても四人使いたいなら、五人目中盤の底に名波も入れて、FWを高原のワントップにした方がバランスに優れるような気もするが。それで中田か小野を1.5列目に行かせるのである。ちなみにこの案でもサイドのスピードある攻めが弱体化しそうであり、結局4バックで行く場合、攻撃的中盤に小野、中村、中田の3人使うよりも、一人をアレックスとかのタイプにした方が良いかと思われるのだが…。おお、だとすれば、ワントップで、小野、稲本のダブルボランチと言う案の方が、名波案を上回るかも知れない。もっとも、海外中盤4人使いたい場合である。私なら小野(中田)+稲本の中盤の底よりも、名波が一角に食い込む方が絶対的安定性は高まると思われる。四年後まで保つかはここでは触れないとしてだが。と、断念とか言いながら、少し書いてしまったというわけだ。とにかく水曜の試合で中盤的に機能するかが試されるだろう。  さて、明日はいよいよ名張である。とりあえず朝から終電までと言うところか。


2002年10月11日(金)
 たまたま本社に帰ったら、今日も何げに先輩の飲みに混ざるのだった。
 どうでもいいが、S社にPC-9821Xc200、同Xb10、PC-9801Bx2、PC-486SEなどのPC-98シリーズがたくさん目に付いたのが妙に嬉しかった(笑)箱を見ただけだが最後のPC-9821デスクトップとなったPC-9821Ra43もある模様。ちなみにPC98-NXシリーズ、つまり日電(NEC)の路線転換後のAT互換のパソコンは部屋内には見当たらず、AT互換機はもっぱらDELLや旧コンパック(現HP)だったような気がする。NECのシェア縮小の原因もよく分かるというものだろう。独自性が無くなれば、より安価、より安定に走るというものだ。


2002年10月10日(木)
 二十三時前くらいの帰宅だったが、初の客先は名刺渡しも出来たし、なかなか面白かったと言って良いだろう。それにしても、二時間弱は遠い(笑)明日も向かう事になった。


2002年10月9日(水)
 ただでさえ床寝の後の本寝であったのに、何処からやって来た蚊に足の裏を噛まれて、もう大変。五時過ぎに再度不吉の蚊取り線香を炊くも、噛まれた足がかゆうてかゆうて、かないはしない。と、それはともかく、明日はS社に行けるのでちょっと楽しみである。初の社外・・・。とは言え、毎日神戸の果てだったら嫌過ぎだけど(爆)。


2002年10月8日(火)
 怪奇探偵・畳焦げる(汗)。犯人は蚊取り線香の折った部分。それが畳にすっ飛んで、ティシュで掴むとそれも焦げて、また汗(爆)。線香花火の臭いがした。


2002年10月6日(日)
 散髪し、そしてようやく台所用にとラックを購入。二口ガスコンロはまた今度にしよう。


2002年10月4日(金)
 その前に色々関係無関係な紆余曲折を経たものの、Y先輩に飲みに連れて行ってもらい、ただ飯と酒に有り付かせて頂いた日。ありがたい話です。それにしても殆ど飲んでないのに、気分が悪くなる私って一体(^^;。


2002年10月3日(木)
 二日連続で片町線遅れる。今度は十五分近く。もっとも私は弁当の飯を炊かなかったので、一つ速い電車に乗るつもりだったが、何と三つ早い列車に乗ってしまうと言う大トリックを演じさせられるのだった。
 むろん一部の話だが、おっさん、おばはんのモラルの低さには辟易させられる。昨今も若者にも悪影響を与えているのは間違いない事実であろう。数日前も、スーパーのリサイクルボックスに正真正銘のゴミを放り投げて飄々としている非常識異界のおばはんがいたし、この間は鼻くそを列車でほじってピンピン飛ばしている異常極まりないおっさん。そして今日もフラフラ自転車で煙草を吸いつつ、その吸い殻を平気の平佐で道に放り投げるおっさん。これ以外にも非常識の雨あられを見せつけてくれる。若者の異文化的非常識も目立つが、あらゆる文化を超越し、真に恥を忘れ異常の最前線を走っているのは、誰あろうか。いずれにせよ、どの世代にも等しくかは知らないが、恥も外聞もモラルもない人間は多々いるもので、こういうのは社会的に縦横に伝達されていっているに違いない。


2002年10月2日(水)
 列車が到着に二分遅れて、しかも途中で前が詰まっているとかで、更に六分遅れて、大急ぎの会社到着が九時ジャスト。まさに一分遅れたら二十九分損する所であった。
 久々に夕飯を作る。と言うかこの家で夕飯作ったのは初めてであった。
 しかし不覚にも床寝。三時に起きて、四時半に再度寝て、次の日、七時過ぎ起きである。


2002年10月1日(火)
 たまに同郷人を見ると、思わず嬉しくなるものであるが、脇役無駄に目立ってしまった気もして、いやはやである。とか言う内定懇談会のワンシーン。
 昨夜は寝てる時に蚊に足の裏をやられて悲惨な目に。ムヒか、ムニかよく分からぬ池田模範堂の塗り薬を付けつつ、蚊取り線香を急遽セット。四時過ぎに慌ただしく起こされる悲哀であった。それにしても締め切っているのに何故蚊が!? しかも秋の深まりで滅んだ思うてたのに甘かったようだ。この部屋最大最悪の弱点の蚊。夏は装備盤石でないとやばかったりして(^^; 蚊帳でも買うか、って売ってるまい(笑)。虫と言えば、何故かハサミ虫出現してたな。重い刑罰は免れなかったけども。こいつも一体どこから入ったものやら(^^;


2002年9月30日(月)
 弁当を詰めすぎた上に、夕飯も総菜が妙に安いので思わず食いすぎているのだった。明日は内定式。早いモンである。もう半年か。
 う〜ん、小泉内閣改造がなかなか巧かったために、鳩山君のヘボさがますます目立っている。しかも内閣改造後の鳩山談話を聞いては、阿呆にしか見えないのだが。何がニュー鳩山が派閥順送りでなく能力主義なのだろうか? ピエロを通り過ぎて憐れみしか起こらない。新聞社得意の偏った世論調査でいいから、早く政党支持率と不支持率をアンケートして欲しい所だ。立憲政友会と民政党のような二大政党制復活は遠のく一方で、憂うべき事態。もし民主の中道右派勢力を飲み込んだ大自民党が出来たら悲惨すぎる出来事だろう。
PC-98とはなんぞや? MacみたいにOSとハード一体なん?、とかいうメールをしばし前に頂戴したので、簡単に返事を出してみた。それをついでだからここに掲げてみようかと思う。もっとも質問者はどうも全然理解してなさそうな再返事だったから、或いは分かりにくいのかも知れないが。
 挨拶等を除いて以下の通りである。

 PC-98についてのご質問ですね。

一言で言うと、日本電気(NEC)が仕組み(アーキテクチャー、規格)を開発したパソコンの事なのですが、少し詳しく述べてみましょう。

まず確認ですが、現在パソコン店に並んでいる95%近くは、PC/AT互換機という元々IBMが1984年に仕組みを開発したパソコンです。MS-Windows(Xpなど)がOSとして乗っているのは今は全てこのPC/AT互換機ですね。つまり現在、NEC、富士通、ソニー、DELL、IBM,HP等の各メーカーが作っているWindowsパソコンは全てこのPC/AT規格と言うわけです。ちなみにLinuxが乗っているのも大半がこれです。

現在残りの5%はMacなのは分かりますよね。仕組みを開発したのもアップル社です。

それPC-9800シリーズについてです。これは1982年に日本電気(NEC)が仕組みを開発したパソコンで、根本的に純国産のマシンです。その殆どがPC-9801かPC-9821を冠しています。(PC98-NXについては、これは最初に書いたPC/AT互換機ですね)NECが1997年にそのPC98-NXに移行するまで、国内NECのパソコンは100%、PC-9821シリーズでした。特に90年代初頭までは、国内パソコンシェアは、最大90%近くをNECと、PC-98互換機を作っていたEPSON(プリンタで有名ですね)の二社で占められていました。なお当時は、富士通もFM-TOWNSという富士通独自の規格パソコンを作っていましたし、他社も独自規格を作っていて、徐々に世界基準になりつつあったPC/AT互換機に切り替えていってます。

それでPC-9800シリーズに搭載出来るOSですが、Windows95以降で言えば、Windows95/98/98SE/NT4.0/2000を搭載出来ます。ただPC/AT互換機用とは異なりますので、店のソフトコーナーにある箱入りの物しか使えません。つまりパソコン添付品はPC/AT専用品です。なおWIN95に関しては、箱入り品もATと一緒に入っていません。むろんMS-Windows3.1,同NT3.51,MS-DOS6.2以前などもOKです。当時はPC-98全盛期ですから、PC/AT用の日本語対応DOSなどの方を区別のためDOS/Vと呼んでました。(DOS/Vは日本語をハード的に使えるようにしたPC/AT用のDOSです。PC-98のDOSについては1982年の時点で可能)現在、PC/AT互換機をDOS/V機というのは、この10年前の名残ですね。

あっ、ちなみに富士通のFM-TOWNSも専用のWindows95まではあります。

おっと、UNIXについても一応言っておくと、FreeBSDが現在でもPC/AT互換機版同様にバージョンアップされ続けています。Linuxは極一部しか使えません。

と言う事で、PC-98とは今は失われたパソコンの規格の事です。Windowsを使える最後の純国産(世界中で言っても、恐らく最後の非米国産)規格でした。
と言う事で、復活を祈って五年、その願いはもはや夢のようです。最後のPC-9821は三年ほど前のRa43というCeleron433MHzですね。ノートは300MHzのMMX-Pentium搭載だったと思います。

で、疑問は解消したでしょうか?


2002年9月28日(土)
 十一時頃、ようやく2メートル弱の高さの組み立て棚が届いて、設置。しかし物を入れると、圧倒いう間に混雑率80%超になってしまった。それにしても、耐震止めを従来の高い棚一つと合わせてしたのだが、これも苦労。とにかくこの手の棚をもう一つ手に入れる必要があるかも知れない。安いがデカイから組み立てに苦労するんが。あと衣裳ケースも届いて、やっと服類全部を整理終了。これでPC系ハードと炊飯器とかを除いて全て整理完了。物にも帰る場所が出来たわけだ。
 それにしてもコーナンは火曜と木曜、土曜に配達するそうだから、夜間に頼んでおいたのに、留守電には昼間ばかり。こいつらは阿呆なんじゃないかと思うしかない。相変わらずテキトーな町である。まぁ、今日は午前中に来るという通知通りだったが。
 そんなんしてるうちに夕方になってしまったが、雨も止んでいた事もあり、自転車で周辺に繰り出してみる。南に向かってとりあえず府立図書館に近い近鉄東大阪線の高速道路辺りまで。しかし途中大したものもなく、収穫無し。帰りは別道から、それが片側二車線の広い道があったので、行ってみようとしたのが、ちょっとした不幸の始まりだった。と言うのも、行きは特に東大阪の進んでいくうちにだが、歩道に乗り上げている不遜な車が多発していた。夕方の道は混んでいるのでそれが危険なのだ。だから別道にしたのだが、そこが異常に空いている。しかも薄暗い。店もない。あげくに交叉点にも住所表示無しなので、次第に不安になってきた所に、なぜか空いている歩道でなく、自転車三台が車道を走っているのだ。これには、これは何事かと思うしかあるまい。トラックが後ろに控えているのにである。おかげで異世界を想起してしまった。まぁ、結論言えば、走っている車はトラックばかりで、つまりはそういう所だったようだ。中小企業集合地帯とでも言うか。自転車もいきなり片側二車線が終了する所で、しかも道がいきなり1/4に縮む予兆だった。何の事はないのである。しかしいきなりの道の縮小は、しかも曲がりくねって方向感覚を失しさせるその進路は、私は困惑せざるを得なかった。そして走っているうちに本格的に道に迷ったのである。既に辺りは真っ暗。大通りは走れど走れど無い上に、コンビニもない地帯。住宅街だ。で、どうにかこうにか大通りに出てしばらく行くと、方向表示が八尾、堺。で引き返して、イメージ出来る高速の下道路から帰路につく事が出来たのだった。それにしても膝が痛いのである。そして東大阪では、その大通りUターン後、信号無視した車に危うい場面に遭わされるなど、散々である。東大阪、悪いがやはりやはり油断大敵の街だ。
 アジア大会プサン、どういう大会になるか、想像付くだろう。間違いなく秋の朝鮮半島祭りになると思われる。日本の成績で期待出来るのは陸上系だけかも知れない。なぜなら韓国で人気がないから。って、その競技があるのかも知らない私であるが。中国の成績も、この間の中国国民のW杯嫌韓運動を忘れさせるためにも、少なからぬ風があるかも知れないと予想されうる。
 アン・ジョンファン、私は大嫌いである。彼はイタリア人全体を侮辱する言葉を吐き、それに怒ったペルージャのガウチ会長がキレて、ペルージャ馘首を騒ぎ出した事で有名だが、日本で知られている事は、偏ったマスコミのせいで、アンがイタリアを負かすゴールを決めた事実に対して、ガウチがキレた事になっている。全く由々しき事実ねじ曲げがマスコミにある事は許されない事であり、そのせいも助長して、ますますアン・ジョンファンが嫌いである。そもそも彼はJはヨーロッパに移籍するまでの稼ぎ場所と考えていたが、残念ながら、欧洲はアンを欲しがる所は皆無であった。その事実を痛感したアン、仕方なく清水に完全移籍したのである。これを日本のマスコミに言わせると、ヨーロッパを見据えていた実力派と大きくニュアンスを変えてしまうのだ。彼らに事実を伝える権利があるのかと疑わざるを得ない。自分の所の不祥事だってろくに報道しない所である。それが他マスコミとも同じ利害を分かってスクラムを組んだら、どういう悲惨な事になるかがよく分かるだろう。そういえば、どこかのニュースが少し前にイングランド・プレミアシップリーグについて説明していたが、毎回スタジアムは満員だそうで、その原因は年間チケットの売り上げが圧倒的に高いからだそうである。しかし事実はねじ曲がっている。これは人気チームに限る場合であり、しかも問題点としてのチケット高騰化によって、先世紀のイングランドサッカーを支えてきた労働者階級のサッカー観戦が極端に制限されてしまっている点も完全無視している。もっとも、このおかげでフーリガンも減少しているのかも知れないが。とにかく偏った見方ばかりの情報を無責任に不特定圧倒的多数のお茶の間に垂れ流していいのかと、思う次第だ。


2002年9月27日(金)
 名札の社員証、交換して貰うのに始末書が必要のようで、ちとショック。
 いい加減にせい、と言いたくなるくらい前の賃貸マンションの株式会社ダ●ドーサービスの担当M口は飛んでもなく感じが悪い。思いっきり喧嘩腰である。一体何がしたいのか理解不能だ。気分悪すぎ。本社社長宛に抗議文書でも送ろうかと策定もしたくなる。


2002年9月26日(木)
 最も尊敬する本格の驍将・鮎川哲也が亡くなられたニュースは涙のみしか有り得なかった。心からご冥福をお祈りする次第です。


2002年9月25日(水)
 あまりのアシモフの偉大さの前に、何を書こうとしていたのかすっかり忘れてしまったから、原発についてでも書いておこう。九州電力が十年ほど昔、今もしているかも知れないが、下らない信頼によってのみ成り立つような宣伝をしていた。しかしそもそも人間が絶対的に信用出来ると結論出来る人間がいるだろうか? 食物然り、今回の原発問題然り。全く起こるべくして起こったとしか思えない。普通なら一般人の手の届く範囲なら考える範囲ならば同じ事をしてもほんの些細な事なのだ。しかし同じ人間でも周りの状況が変わると、些細ではいられなくなる。同じレベルのことをしたとしても。頭では理解しているかもしれないが、それは行動までは付いて来得ない。しっかり体に染みついた許される範囲は、求められる状況が急変しても、生活範囲の判断を棄てきれない。全く予想できることだ。信頼だけで成り立つわけがない。責任は監督官庁の認識の甘さであり、具体的に農水省や保安院らも同様に、いやそれ以上に減給厳罰されてもいいはずなのである。非論理的帰結の信頼はどこから生まれるのだろうか? 自分ですら予想外であるのに、赤の他人で、狂人率も世間と同じくらいの比率でいるに違いない組織、をホイホイ信用し得るだろうか。命に関わる現場を持つ組織を。組織はむしろ脆弱であり、神経を麻痺させる役にも立つ。群がると力は遙かに増すが、同時に愚も同じだけ増すのである。些細なミスすら認めない(消えて無くなると祈ってる?)人間を私は嫌うが、更にそういうのは溜まりに貯まって吹き出す事が多いから、些細で済まない不信を招くのだ。特に組織は更に誤魔化している内に誤魔化している状態がデフォルトになる。そうなると、意識は沈んでいくしかない。常識の転落。それにしても、第一期原発の老朽化は、そろそろ寿命も近くなってきて解体の時期を待つばかりだと思うが、この隠蔽工作が老朽ギリギリの状態で不幸を招く前に露見した事は喜ばしい事なのかも知れない。勝手な判断で亀裂がまだ安全の範囲内だと考えていれば、その度にその範囲内が段々と拡がっていくのは当然だからである。とにかく単なる民間電力会社に対して、調査がこれほど甘いとは驚くしかないだろう。やはり国の機関が重大な責任を負っていると結論される。楽々に無責任過ぎたと。そして仲良し過ぎたのだろう。信頼は重要なのは言うまでもないが、存亡をかけるほどの重要な事に関しては、せめて、全く根拠も何もない信用の二文字だけで済まして頂きたくない物である。


2002年9月24日(火)
 民主党幹事長が中野寛成で決定するとしたら、民主党は支持率を半減させる上に選挙の際に無党派の潜在的支持者も大幅に失うだろう。あまりにもあからさますぎる鳩山と民社党の組織選挙。何を考えているか分からぬマイナスの結果なのでは、いやはや。矯正する方法は近々あるかも知れない総選挙で鳩山由紀夫が小選挙区で落選する事くらいかも知れない。とにかく民主党には失望した。それは絶望に繋がる闇だ。さて、今選挙があったらどこに入れれば良いだろうか。民主党は候補者に相当な物がない限り、避けたい気分になっているのだが、いやはや。今度またメールでも出してみようかな、民主党本部。
 久々に弁当を作る。冷凍食品が使える身分に昇級したので、とりあえずバリエーションが格段に上がったと言えるだろう。


2002年9月23日(月)
 この部屋はとりあえずとても快適だ。昼間ですら窓を開けなくても涼しいくらいだ。27度が最高気温の現在。10日前の旧居が夜間ですら暑苦しかったのとは大きな差。これが2.5倍の居住環境、しかも北向きのメリットだろうか。もっとも冬は明らかに寒そうな予感、というか確信が脳を過ぎるが。それに確かにベランダのある台所以外は朝も電灯無しにはやって行けそうもないデメリット。だが、直射日光を気にせずに済むので、食物保存系は適していると言える。本の摩滅も防げるし。  隣町に下車。東大阪市の外れである。が、案外駅前の利便性は我が大東市の中心部とそう大差は無さそうである。とりあえず百円店で九点購入。残りの生活利便的必要物はゴミ箱くらいかな? 百円では買えないが。おっと、炊飯器、ポット、台所用品置き場のラックもさっさと手に入れたいものである。ちなみに欲を言えば、まだ沢山あるのは言うまでもなく、まぁ、そのうち揃うだろう。とりあえず六畳の部屋が快適であるという条件が不適応になるまで、色々と妄想してみよう。
 二度目の洗濯、しかし洗濯機があると、溜まる前に処理が出来るので、ペースを速めても楽である。それに何と言っても前は四階に住んでいたのに、一階の硬貨ランドリーまで降りねばならず、しかも埋まっている可能性が30%はあったので、つまり面倒だったのであるから、その対照は両極端であるとも言えるだろう。
 腕立て伏せをしてみたら、十回で限界、いやはやである。確かに嘗て無いほど腕が細い。ますますヤバイかも知れない。と自己に警告を発しているが、さて。
 民主党の代表選の結果には個人的に残念至極。鳩山みたいな世襲は大嫌いであるし、どうも鳩山党首では何も進捗を期待出来そうもない。自由党以上に保守的な野田氏や社民党に負けないくらい(って当然だが)左の横路氏もそれ以上に気に入らない所からすると、私は本当に民主党支持者なのだろうか、と疑ってしまう瞬間でもある。無駄でもサポーター登録しておけば良かったと後悔中、いやはや下らない傍観者では気分的にどうしようもない。
 貴乃花の復活と優勝を逃した事は、まさに幸福の瞬間だ。あれで優勝したら、逆に興ざめしてしまう。相撲の程度の低さにである。世論に左右される興行にである。中高の時、私は世襲嫌いと合併大二子山部屋のつまらなさからバカ花田兄弟と馬鹿にしていた若貴兄弟であったが、それでも当時は若花田(若乃花)の方をどちらかと言えば支持していた。しかしいつの間に私は若乃花を毛嫌いしていた。逆に貴乃花が好きになっていた。そのきっかけは例の兄弟不仲問題、貴乃花が洗脳されているとか訳の分からない問題が茶の間を沸かしていた時。私はあの時から貴乃花の評価が変わったのである。そして同時に若乃花評価はどうしようも無いくらい下落した。我ながら面白い現象である。


2002年9月22日(日)
 退去の立ち会いに甲東園に行き、とりあえず窓代を引いた79000円返還という事である。しかしダ●ド−の担当者感じ悪い…。と、その際、ぞうきんを忘れたので、コンビニで購入。2枚200円は安いのか高いのか不明である。
 とにかく忘れていた照明器具も回収し、ヤレヤレ六畳の部屋へ取り付け完了。デフォルトの六畳の奴は使い勝手の事情からから四畳半に移動。
 夜は恒例の探偵講談を聴きに行く。さすがに打ち上げは時間と金とエネルギーの不足で欠席。


2002年9月21日(土)
 ようやく電話回線のトラブルを脱する。大家の息子も立ち会いたいと言うから、呼んだNTTの人に回線の断線でない事を確認してもらい、何とその原因は単純なモジュラージャック裏側の内部配線ミス。つまり推理するに、改装した際に業者がモジュラージャック蓋も一度取り外してしまったが、その際に配線が狂ったままにしたと思われる。どうでもいいが大東市の業者はテキトー過ぎなのでは(^^;
 と言うのも、大家がガスを取り付け忘れているというトラブルも水曜日に解決したのだが、その際にガス業者がベランダに置いていたゴミバケツのフタを粉砕していたのである。むろん大家経由で弁償させて、今は壊された奴より一ランク上の新品を頂戴したから、まぁ、いいのだが、いやはやである。摩滅していたゴミバケツを破壊するのは仕方がないにしても、黙っている所がいやはやである業者。
 安売りアリエールを4つ買って同階上下に挨拶ついでに渡そうと思ったのだが、夕方夜間と出ない。これもいやはや。仕方がないから月曜か平日に当たってみるが、本当にその必要があるのか、と未だに思わぬでもない。
 RGBの内の赤が全く出ない壊れたサブディスプレイを西宮市に廃品したので、サブパソコンを別机に置けない。しかも叔父さんに昔頂戴した机もキーボード部分が大破して単なる机と化していたので、同じく西宮の浜の方へ。という事で、整理が付かない最後の所なのだった。ディスプレイはどうせだから、次は液晶17が欲しいし、ということで、しばらくメインのパソコンラックの上に積まれるサブマシン3台なのである。と言う、このメインパソも今度配達して貰う六段組み立て本棚の横幅いかんで移動せざるを得ないかも知れない。多分何とか大丈夫とは思うが、どうなることやら。果たして四帖半に収まるか。ってこれも、サブPCラックの事を考えるとあんまり意味もない四帖半に収まるかの考えなのだが。
 早速ADSLに申し込もうと思ったら、クレジットカードがないと、或いは私の持たぬ銀行口座が無いと駄目っぽいところが三連発だった。と言う事で、申し込もうと思って西宮の三井住友銀行から貰っていたカードの申込書をようやく書く。そもそもネット生活、カード無しにはどうしようもないのである。


2002年9月12日(木)
 突き放しの絶望への扉はグッと引き開けられ、おかげで不明を解決する所か、翳りある心象風景を演出する結果と相成ったのである。絶望よりは不明を取りたいが、そうはいかないのが辛い所であろう。


2002年9月9日(月)
 眠い眠すぎる一日だった。朝から定時まで死んでいた。ちゃんと六時間も寝たのに・・・(汗)引っ越しまでの計画は粗大ゴミの手続も電話で終わらせ――しかしやっぱ金取るのね――、これで概ね完了。あとは掃除をであろう。


2002年9月6日(金)
 惜しい惜しすぎる。三等四十万円は、ハズした残り三種類のうちの二種類の数字、そしてその合計は一足すの三の四つ分のズレのせいだった。結局3数字当たり五等の千円。二百円が千円でも悔しいものがある。昨日のロト6の話。
 引っ越し計画もボチボチ進行中で、CD媒体も段ボールの塔に加わった。それに再度スーパーから段ボール入手。また明日にでも詰め込むとしよう。後は粗大ゴミの始末を付ける電話を掛けるだけである。


2002年9月2日(月)
 11時出社、20時定時帰宅の日。朝、支所で転出証明書を頂戴する。八時起き、それは非常に楽であった。
 ところで引っ越し準備もまぁ着実に進めている。更に本などを九割以上詰め込んで、今や段ボールは高い塔を形成している。サブPCたちもネジ止め完了。  それにしても、昨日の田中康夫の知事選圧勝は嬉しい限りである。あの90近い爺さんに牛耳られてきた長野県議会はハッキリ言って時代に乖離し過ぎなのだ。それに60%くらいならファッショ的人気にも全く程遠く、健全であると言えよう。しかし羽柴秀吉にすら敗れた候補者がいるのには驚くしかない(爆)と言うより(恥)。


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