ちゃらんぽらん日記

2003年1月2月


2003年2月23日(日)
 古書即売会している事を知ったので、暇な事もあり突発的に八尾の西武に行ったみた。それに西武、来年も存在しているかわからんゆえもあった。古書の収穫は無いに等しい物で、とりあえず不断なら買わないだろう系の500円を四冊程度だった(まぁ、値段は調べると相場よりは随分安い模様だ)。八尾は初めて訪れた地だったが、近鉄八尾駅前は随分と栄えていてた。駅前を見る限りは大東より明らかに上っぽい。まぁ、この八尾、東大阪、大東、門真、守口は大阪市に編入してしまうのが良き道かもしれない。関西州から府県を消滅させ、70年ぶり拡張、大大阪市を誕生させるのだ。南の堺は吸収するわけにはいかない(それでは、伏見市同様の悲惨な運命になって仕舞いかねない。)が、北の豊中、吹田、をハズしたのは、これらを入れると、形的にいびつになるので、である。もっとも、これらを加える事を想定して、形も奇麗にしたいなら、豊中、吹田に加えて、摂津、寝屋川、四条畷、尼崎を加えるのが特大大阪市には理想だろうが、少し拡張しすぎにもなるだろう。まぁ、この特大大阪市でも現状横浜市の面積にと同程度かやや劣る位だろうが。(現状大阪市の面積は横浜市の半分、札幌市の1/5、神戸市の2/5程度)。と、なぜかどうでもいい独り言を連ねてしまった。


2003年2月21日(金)
 帰りに北新地によって、とりあえずソフトウェア開発技術者試験対策に本を二冊購入。+帯がなかったので敬遠していた国書刊行会の3000円本になぜか帯が付いていたので、購入。結局他の実用品買いと、同じ店なのになぜか不味くなっていた上に接客も悪くなっていたラーメン屋と合わせて8000円以上消費してしまった。


2003年2月20日(木)
 仕事では初めて豊中へ行く。帰りの飯の話だが、うどんはやはり大阪風に限るのだった。東京人にソバ派が多いのも当然の理としか言えまい。讃岐うどんブームで、とにかく西日本風の本来あるべきうどんの姿が全国に広がるのを期待するしかあるまい。


2003年2月18日(火)
 韓国テグの地下鉄の惨劇が、思った以上に悲惨すぎるので絶句。しかも放火である。キチガイ模倣犯が登場しない事を切に願うばかりだ。


2003年2月17日(月)
 布団乾燥機をようやく購入す。
 ウイルスバスターの更新代金をクレジットで支払ったが、ついでに住所とメールアドレスも変更。で、少し面白かったのが、名前と生年年月日は変更不可だったが、性別は変更可だった事。性別変更可なら名前もいいやん、と一瞬思った次第。


2003年2月16日(日)
 とりあえずノートPC用鞄とやらを漱石で購入。例のヘッダーファイル自動生成EXEはまぁ完成扱いにしておく。WIN対応は必要あるまい。
 しかし掃除をしたが、どうも片づかない。私は整理整頓が下手くそなのである。まぁ四畳半の部屋は、もう一つパソコン机、もう一つ背の低い本棚がなければ片づく物も片づかないのも肯ける。それら整頓に必要な物以外に欲しい物は多いが、金銭的理由以外に躊躇する要因。それはもし狭い部屋に引っ越す必要が出たらどうするんだ、と言う事だろう。例えば東京とか・・・(汗)


2003年2月13日(木)
 後日書いたからこの日だったかは忘れたが、――ちゃらんぽらん日記だからいいだろう――、私しかその場にいないから仕方がないんだろうが、全くこちらがそれでいいのだな、と突っ込みたくなる役をする羽目になった。4月1日の話。


2003年2月12日(水)
 100円玉がコンビニのテーブルの下に転がり込む。時は昼時、しゃがんで探すなど出来るわけがない。私は泣く泣く諦めたのだった。せっかく昼飯のグレードを落としたというに。


2003年2月11日(火)
 久々にのんびり休む。しかも雨が降っていたので、ますます休む。いわばなにもせぬ一日というわけだ。それでも洗濯はし、飯を自作。しかし掃除出来なかったのは痛恨の一事であった。どうでもいいが、ほっていた人参から妙な白毛が長いすね毛のように伸びていたので、あまりの不気味さから捨てざるを得なかったのも痛恨の一事と言えるだろうか。おかげで具が減ったのだから。


2003年2月9日(日)
 今回の土日で明石の友人宅に泊めて貰って、播州観光。土曜日は姫路を、行った事ある姫路城本体以外の姫路駅周辺を観光。日曜日は明石駅周辺を観光となった。姫路は街も中中の都会ぶりで、美術館は休館中で逃したが、兵庫県立博物館と姫路城下の好古園。好古園は……だったが、博物館はとりあえず満足出来る内容。他は姫路城周辺を歩き廻るなどでヘトヘトに。明石では明石城、運良く櫓が開放されていたのでそこを観て、周辺を歩き、天文科学館を満喫。15年ぶりかと思われるプラネタリウムもまぁまぁ楽しめたが、余りに幼稚な設営の前に爆睡してしまった。それと松竹言う魅せだったが本場の玉子焼き(通称・明石焼き)の美味さ。いや実を言うと明石焼きは初めてだったが、とにかく美味かったのは間違いない。と言うようなわけだった。なるほど近場ながら(姫路城以外の)明石・姫路の街をまともに観たのは、まさに初めてだったので、楽しめた週末だったと言えるだろう。宿泊地かつ案内役の友人に感謝である。


2003年2月7日(金)
 情報処理試験、相変わらず勉強していない(予定も謎だ)が、とりあえず締切日なので申し込んでおく。ちなみに今は「独習のC++」を読んでいるのが家での勉強って所である。とりあえず初めてまともに作ったC++プログラムは完成に近づいているが、それは関数プロトタイプ宣言を自動検出して、Cのヘッダーファイルを自動生成するプログラム。ついでにdllのdefファイルにも対応というもの。とりあえずプログラミングの無駄省きに役に立ちそうなのを作ってみた。但しコンソールアプリだが。
 DVDでスパイダーマンを観たが、まったくガッカリするような内容。


2003年2月2日(日)
 朝から友人と会う。散々と歩いて話題の牛丼太郎で昼飯を(爆)。それにしても東京駅への道、中央線普通に乗ったら、行けると思いきや、行けないとは! 普通と快速で行き場所が違うのは分かりにくいぞ。おかげで錦糸町で総武線快速に乗り換えたのだが、15分も列車を待たねばならなかった。


2003年2月1日(土)
 始発の新幹線で豊島区池袋へ。同好のメンバーと合流し乱歩映画の美輪明宏「黒蜥蜴」「恐怖奇形人間」(またか)と続けざまに観、乱歩の孫平井憲太郎さんのトークショーを楽しむ。その後、メインとも言うべき乱歩展。大宴会と雪崩れ込んだ一日であった。初めて東京でビジネスホテルに泊まった事もつけ加えておこう。おっともう一つ、東京のうどんを初めて食べてみたが、予想以上の不味さである。私の口にはまるで合わないうどんだ。これでは東京人がうどんより、そばを好む傾向高いのも頷けるというもの。醤油にうどんがつかっているのでは・・・・・・。


2003年1月26日(日)
 思いっきり遅刻しつつも、探偵講談に出かける。お楽しみの「幻燈」などを楽しむ。
 ファイヤーウォールに連続的に200件ほど引っかかったので吃驚する。


2003年1月25日(土)
 倒壊していたファイルラックを中途から組み立て直す。どうやら隙間も埋まり安定したかの模様。とは言え、本棚としては貴重系ではなく文庫本か雑誌しか置く気がしない半端なものに(^^;。
 美輪明宏の「黒蜥蜴」チケットを入手。って半年後の話じゃないか。
 会社パソを昨日持って帰っていたが、余りの遅さから128MBバルクメモリを通販していた奴が昨日届いたので装備。おおっ、随分快適に近づいたと感激。
 今週フランスエアメールが再度届く。


2003年1月20日(月)
 出勤時間を9時半に変更。なにげに9時に家を出る日常へ。
 昨日DOS/Vパラダイスに会社PCの余りの重さに堪えかねて、メモリを通販するも、未だ連絡なくイライラ中。
 フランスからの国際郵便で仏語本届いていたので、郵便局に取りに行く。今から葉書の英語を読むとするが、手書きは短れど読みにくし(^^;。
 来月の休みの日程続々決まっている。とりあえず前半土日四日分は東京と播州と近さは全く異なるが、泊まりの旅に違いはない。
 そういえば、昨日大阪駅前第二ビルで最後の閉店セール十分限り。九割引以上相当という一つ1000円ダイヤと同円ブルーサファイアのネックレスを適当に何となく買ってみたが、安さで些か怪しい。まぁ、所詮1000円、レプリカでも損は少なかろう。


2003年1月19日(日)
 昨日からの会社部内、加賀への蟹旅行も無事終了。


2003年1月16日(木)
 今年のちゃらんぽらん日記が今の所、消極的公開なのは私の故意であり、周知の通り。リンクは張らぬが、とりあえずアップするという状態だ。まぁ、URLを直接叩けば容易に辿り着けるアドレスではある。
 さて、月曜日の朝の通勤中のビル一階でサバイバルな旧友とは別れ、次の連絡が通ずるのは良くて来年の年賀状か。
 小泉首相、靖国に通っていると思えば、笑っていいともに出ている様子。個人の信念と人気取り、別にやる事やれば当然文句言う筋ではないが、靖国参拝はその個人的信念はさも知らず、明らかに現状の国益に反した行為である事は間違いなし。これが一国の元首のやる事かと、小言を言いたくもなる。
 最近の我が事情であるが、あらゆる事に自信喪失気味である。これは鬱病気質のなすべき業であるが、いっそのことノイローゼにもなりたくなる。鬱はどうもいかん。しかし長年の積もりだ。そうそう解決するわけもないのである。
 ガスヒーターを常時に近く付けているが、思った以上にガス代に反映されず。まだ使用期間は十日で、しかも前月料金中十日は留守にしていた事を考えても、11-12のガス代と、12-1のガス代が微妙に高くなった程度。電気代の大幅減少は間違いないので、これはガスファンになりそうである。ガスファンヒーターの弱点をあげれば、ホースが些か邪魔(栓が抜けて洩れる事は先ず有り得ないのは言うまでもない。)+その長さに制限されるという点と、引っ越した場合に大阪ガス都市ガス仕様と互換性が無ければ、使用不可になるという点だけだろう。即暖で、エネルギー切れがなく、床の方からから部屋全体の空気が暖まるというメリットは、エアコンや石油ストーブを上回ると思われる。


2003年1月12日(日)
 京橋で適当に安物服を購入。
 ついでに日本橋、ってどっちがついでかわからないが、とにかく行く。怪しいものを買うには大阪ではここしかないのである。で、実家マイパソ用にPC-9821の中古SIMM64MB(これが最大なの95年製マシン)が1500円以下で売っていたので、迷わず購入。そして別店で100円ジャンクでPC-98マウスを二つ買うも、これが大失敗。帰って気が付くそれはPC-98でもnote用だったという間抜け加減。恐らく450円の方がデスクトップ用だったのだろう。それにしても、450円はジャンクでなく中古でも高い・・・。で、今回本当に狙っていたのは、PK98-MISTRESS9という玄人指向の怪しいCバスボード。何とこれ本来4.3GB制限のある内蔵IDEに128GBまでのハードディスクを繋ぐ事が事が出来るのだ。しかし私がこれに3000円弱払った理由は、Cバス唯一のUSBコネクタを持つボードだからであった。しかも驚くなかれキワモノシリーズだけに、USBホストドライバが全く存在しないのだ。つまり有志か誰かが作ってくれるのを未だ待っている状態なのだ。恐らく一年前に出たボードだけにもう期待出来ないだろうドライバ。つまりは単なるコネクタであり、使い物にならないのである。ただ有志の人がUSBマウスを動作させるアプリを公開されているので、それを使ってみようと思い立って購入したわけだった。定価もやはり売れないのか、一年前に比べて1/3以下だと言う事もある。まだ売っていたのでとりあえず購入。USBマウスも購入。で、使ってみると動作した。一時動作後怪しいエラーを吐いていたが、何とか弄っていたら治ったらしい。とりあえず我がPC-98に初めてUSB機器が付いて動作した瞬間だった(爆)。さすがになんちゃってUSBだけにこのマウス単独だと即死したりするので辛いが、PC-98バスマウスの反応の悪さ(特に右クリック。そもそもホイールも中ボタンなんてないし(笑))からとりあえず解放されると嬉しい限りである。ああ、IDE→USB2.0変換コネクタが使えればいいのに(爆)。いや新型AT互換機を買うと誰やらに言ってから、何年経った事やら。このままでは32ビットAT互換機を経ることなく(サブのPC-98以上にヘボなAT互換機中古はいるが)、Athlon64とかK8コアの64bitCPUの載ったAT互換機を買う事になりそうな予感。というか今年買わなければそうなるかも知れない。
 そういえば、古本屋に寄るもろくなの無し。
 明日実に四年ぶりに、謎の東京への列車旅人某と会う事になる。よもや大阪で会うとは思わなかったが、ここで会っておかないと一生会わないかも知れないというのも・・・。


2003年1月11日(土)
 スタ−ウォーズ・エピソード2を見たが、期待にそぐわぬ内容で、従来作に比べてどこで感動し、なにを楽しめば良いのかが殆どわからなかった。せいぜいがヨーダーの活躍が面白かった程度で、他はいつものチャンバラ+を見ただけだ。設定にも目新しさは感じられず。
 続けざまにアザーズ(The Ohers)を見たが、これは素晴らしい出来だった。1945年の英国のある島の屋敷を舞台にしているのだが、最初は典型的すぎて馬鹿馬鹿しいと思われたが、単なる良くある幽霊屋敷のホラー話とは一歩も二歩も違う意外性ある真実。この意外な真相を含む背負い投げは変格探偵小説中でも、納得行く超論理で成り立っている恐るべきホラーである。私が最近見た洋画の中では、A・I、マイノリティ・リポート、少林サッカーに続いて、感心した観た価値のあった面白い作品だと言えるだろう。


2003年1月10日(金)
 十四時頃、旧国電灘停車場構内で、十六時頃、旧新長田停車場構内で、それぞれ飛び込み自殺発生で、帰宅時には我が片町線もえらいことになっていた。片町線と神戸線が直結しているせいで、こういう影響をもろに受けるのである。もっとも、私は運良く殆ど待たずに済んだ。というのも最初に来た快速が超満員で乗れなかったのだが、それが出発直前に放出行きになり、続けざまに来た快速が同志社前行きになったからで、私は二番目のこれに乗ったのである。つまり随分前から京橋で待っていた人で、放出以東に行く大半の人等は最初の快速の執着に突如なった放出で一度次の快速(私が乗っている)を待つはめになり、しかも放出の時点で、満員で乗れないという悲惨な状況に陥ったのである。哀れであるし、JRのアナウンスは変であろう。それにしても、恐るべき満員であった。これではJR神戸線の惨さは如何ほどだったことやら。
 DVDでタイムマシンを観てみたが、まるで大したことはなかった。未来SFも2037年の天文的悲劇を隔てての80万年後ともなると、いまいちであるし、その癖に2030年の残骸が稼働していたり面白い点だったがナンセンスでもある。もっともタイムマシンを発明したウェルズの原作と考えるとそれだけでも圧巻もいい所であるし、タイムパラドックスの点も圧巻であろう。どうも原作を読んでいないので、映画の評価とケチの付け所がよく分からぬ。


2003年1月8日(水)
 そうそう触れるのを忘れてるが、月曜日にガスファンヒーターを購入した。余りの寒さに耐えかねたのである。なぜガスか。石油禁止であるからなのだ。しかもなぜかガス栓が三つあった事も手伝っている。しかし三メートルガス線でも部屋にギリギリ届く程度なのだった(笑)。とにかくこれで部屋が暖まる。ハロゲンヒーターでは局地的には温かいが、部屋全体は絶対に暖まらないのだ。
 実家PCがAthlonXP1400+マシンのノートに! 15インチTFT液晶の大画面であるし、当然のメモリ256、そしてDVD-ROM、CD-RWのコンポドライブ搭載に、IEEE1394も、USB2.0も標準装備。それにしても最近のパソコンは恐ろしいくらい初期設定が簡単になってることよ。あれでわからぬならどうしようもないと言われるに等しい。敵はハードの初期不良のみかも知れない。これは昔より大幅に上がっているだろうから。どうでもいいが、WindowsXP、あれは使いにくい・・・。もっともカスタマイズすれば使えるようになりそうだが。


2003年1月7日(火)
 正月はインフルエンザで、39.3度。寝ても覚めても悪夢で苦しい状態だ。起きていても人の顔などの不気味な幻影が見えた上に、寝れば無限の同じ行動の想念が巻き起こる悪夢のfor文、暗黒の螺旋地獄だ。それとは別だが、暗闇の部屋にハッキリ見えたあの緑色の点の光、しばらくすると消えたあれはなんだったのだろうか。幻とは思えないが謎の光源であった。
 そういうわけでもないが、新年早々鬱病気味だ。どうもヒステリックなのである。頭の中に狂気が蔓延りそうな状態。ハッキリ言って気分は最低最悪である。
 三ヶ月前に購入したファイルラックが崩壊。幸い途中で止まっているうちに甲賀全集などは無事救出したが、海外文庫本が1メートル落下するという憂き目に・・・。まともで丈夫な本棚が欲しい・・・。


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