2003年12月22日(月曜日)
切符をなくすという醜態。どうやら乗り場所を言って、金額が正しければ、無料で外に出してもらえるらしい。が、駅員が別人だったとは言え、最寄り駅で起て立て続けのミスに少し恥ずかしいものがった。
2003年12月20日(土曜日)
携帯を飯屋に忘れたまま、切符で改札を潜るという失態。どうやら言えば無料で外の空気を吸わせてもらえるらしく助かったが。携帯は辛うじて回収した。
その後、携帯を買い換えた。が、ツーカーはしょぼかった。
2003年12月XX日(X曜日)
江戸川乱歩著書目録に私の名前が載るという恐縮ものの達成。夏以降の私は自己不信なので、一層恐れ多いばかりである。むしろ恥ずかしいに近い。
2003年10月17日(金曜日)
TVドラマ「フジ子・ヘミングの軌跡」に感動。
昼、マクドでナゲットでセットを頼んで、上に行って、包みを開けてみた。すると何と云うことだろう。そこにはポテトとナゲットが仲良く並んでいた。そこにはバーガーの姿は見えない。マクドも粋な間違いを犯してくれるものである。スピードより正確さを!!
2003年10月12日(日曜日)
名張人外境・開設4周年記念大宴会へ名張市へ。名張市長すら顔をだしていたのに驚くばかりである。もっとも他のメンバーはお馴染みばかりで、私も末席に着く図々しさ。それはともかくまもなく刊行の「江戸川乱歩著書目録」の現物も拝見。貰えるそうなのでますます楽しみ。
2003年10月1日(水曜日)
最近胃腸の調子が頗る悪い。精神状態が可成り病的に悪いせいであろうか。何とはなしに旅に出たくなる心境だ。つまり現実逃避したいのだろう。臆病さも手伝っている。
2003年9月30日(火曜日)
ついに布団を冬にした。ハッキリ言って寒くてかなわない。なんでまた平均気温を大きく上回っているかと思えば、次の瞬間には平均気温を下回る日々が突如やって来るというのか。季節は明らかに二極に収斂しつつあるように思える。しかし冬の布団は暑いといのもあって、結局暑くて途中で目が覚めるか、蹴飛ばしのため寒くて目が覚めるか二つに一つらしいぞ。
衝撃とは何だ! ダイエー優勝か? ンなことではない。愛媛FCの申請断念だ。残念で仕方がない。
2003年9月29日(月曜日)
この日付には関係ないが、最近は臆病で困っている。
2003年9月28日(日曜日)
半年ぶりに探偵講談に行く。
2003年9月20日(土曜日)
久々にジュンク堂で大量の小説、漫画類を購入。
2003年9月19日(金曜日)
志願してご焼香に行く。
2003年9月16日(火曜日)
余りにも唐突だった。人の命は儚いという。さすがにショックは大きかった。隣の席に先週まで普通に坐っていた者が既に存在しない。思い起こすとも引け目も多かった。最近は未だ良かったが、その何とはない引け目が残っているだけに、既に亡き同僚に対して面目立たなかった。折り返しの絶対に付かない後悔。そして自身の精神の圧迫を感じることこそが、更なる嫌悪を呼んだ。ほら、これがそうだ。この無限ループ。とにかく信じられないことだが、二度とはないのだ。恐ろしかった。ここ最近精神は揺れ動きすぎである。本当はしばらく人間を止めて安みたい。安みが必要だ。弱い自分が目の前にいる。にもかかわらず前任者おプログラムを明日も弄らなければならない。これが日頃の行いが示す魂の懲罰なのだろう。と考えると、この考えですら少しはマシに思えてくるのだから不思議だ。とりあえず書き残した方がまだマシなので、記しておく。私の人生は後悔の羅列。それは未来までをも見据えていそうで怖かった。
2003年8月某日(某曜日)
今月は揺れ動いた月だったせいか。日記もサイト関連も殆どノータッチであった。いろいろな意味で人間しているのに少し飽きて来るというのはヤバイ徴候かも知れない。
朝、6時床で寝ていた私は目を覚ました。頬に当たる水滴、扇風機を付けっぱなしにしていたので、夢の中では何かモヤモヤした怪物のくしゃみという形で表現されたが、何れにしても、いかんせんその水滴は汚れたモノとして認識されただけに、経緯はどうあれ、反射的に起きてしまったのだ。実際は単なる嵐的な雨。まぁ、おかげで素早く洗濯物を取り込むことは出来た。ただし寝ぼけていた+かなり急いでいたためにトランクスとTシャツだけという何とも情けない姿がベランダに現れることになったが。まぁ、あの大風雨だ。我がロビンソン氏は決して偉大なる舞台には上がってはいないだろう。無人島の出来事にすぎぬから、問題はない。
夜、またも強雨。レンタルは水曜までと思いこんでいたが、何と云うことだろう。昨日までだった。仕方なしに返しに行くが750円も取られてしまった。その大雨の中。最悪である。しかも見ていないのが数本。まさに阿呆である。
仕事のモチベーションは数週間前から極端に下がっている。これではお先は見えないも同然だ。何のためにしているのか。之が続くとすれば。人間として生活にも飽きてくるわけだ。人間として間違っていると公言されるなら、間違いを貫こうではないか。ただしステージは変えなければ、苦しいモノもあるし、モチベーションの持ちようは難しいだろう。良くて状況に流されるだけだし、何らかの言い訳の憎悪が高まるという闇も深まる。
数日前、冷蔵庫が壊れた。冷えなくなった。最悪は続く。とりあえず買い換えた(土曜日に届く)が、一年前の中古作戦は芳しくなかったことを告げている。もっとも、あのときは自身のお金が不足していたのだから間違った判断ではなかっただろう。
筋肉痛だった。しかし怠けているせいにした。間違ってはいない。怠けているから筋肉痛になるのだ。正しさを立証しようとする愚かさが憎らしさを募らせる。この愉悦。
自嘲、中身のない笑いを浮かべるたびに襲い来たるのがこの言葉だ。能力の低さを徹底的に自覚しているが、この笑みは止められない。これはまぁ愉快だが、真の闇に叩き込むのは、それを普通に勘違いしてしまうお節介なのかも知れなかった。救いがなくなる瞬間。
2003年7月27日(日)
余りの運動不足を鑑み、しばらくフィットネスクラブに入ることにした。とりあえず肩廻して泳ぎたいという点もある。
2003年7月26日(土)
注文していたパソコンが届く。しかし早いのはいいが、妙に安定しないんだが。Win2Kがすぐ落ちる・・・。後で入れる予定のRedHat Linuxを入れてもすぐ落ちたら、困ったになるのだが? さて。
2003年7月25日(金)
過去の遺物と言えばその通りだが、MFC、一週間足らずでマスターか? 、基本部門は思ったほどには難しくはないような気がしたが、気のせいか? まぁ多分応用で死ぬことになるんだろう。
2003年7月20日(日)
書くのがかなり邪魔くさいというか、忘れている。今日は雨が止んでいたので昼間の京橋をうろちょろしてみたが収穫に乏しかった。
2003年7月7日(月)
久々の日記だが、帰ったら、10時から1時まで周辺部で停電。もうアホかと思ってしまった。時間の無駄も甚だしい。
2003年6月22日(日)
最近にわかに九州王朝ファンである。古田武彦氏系の著作を読んでいる。古代は謎が多かったが、文献の読み方にいかに適当な虚飾が多かったが判明しただけでも面白い。邪馬一国の論理はやや納得しかねるものが多々あるが、倭の五王や日出づる所の天子、磐井、白村江の敗者の倭が、九州王朝であるという論理は思わず頷くしかない。日本の論理である近畿王朝が必至になって隠している姿も日本らしいではないか。朝鮮半島の国家が3つ以上ある時代に、いつの間に西中日本統一しているヤマト王朝というのは昔から不可思議だった。好太王の391年とかに朝鮮半島で闘うなんて、ヤマト王朝には不可能にしか思えなかった。なにせ701年にようやく中国的律令体制の取れた国家である。有り得ない謎が隠されていたとしか思えない。旧唐書に倭国伝と日本伝の二つあるなんて教科書は語っていなかった。皇国史観は生きていたのだ。と、高校時代に変な歴史を疑問に思いながら協力に学んだ身からして興味を持った結果だったのである。
2003年6月21日(土)
佛戦の日本は最高の出来だった。ジーコは阿呆でどうしようもないが、中田監督の攻撃の戦術と、トルシエの申し子宮本の守備ラインコントロールによって、パラグアイ戦、ニュージランド戦でとようやく面白くなってきた日本サッカーを一気にW杯時レベルに持って行けたのである。そこには秋田や奈良橋、中山、そして所属チームも含めて2年で1点とか2点しか取っていない守備的FW鈴木も消えてくれてくれているのだ。そして遠藤や坪井がロートルとの次元の差を見せつけてくれている。ジーコもさぞや悲しいだろう。鹿島勢が出た試合はボロボロで、非鹿島勢が出た試合は面白いのだから。ジーコにビジョンがないため、出る選手で滅茶苦茶チームカラーが変わる。これが最大の問題であるのはどう解決するか? さておいても中村の片足マルセイユルーレットは脅威の感激だった。
2003年6月20日(金)
やかんを購入した。笛吹機能付きだ。というのも数日前に私はポカッたのだ。薬缶をかけたまま、居眠り。この前に全ては蒸気と化し、底はK焦げたというのは大袈裟にしても再起不能だったのである。とにかく危険なので、笛吹やつにしたのである。
2003年6月14日(土)
100円ショップに傘を忘れた。梅雨だというのに傘を失えてしまった。雨が降っていないときに傘を持っていくのはだから棄権なのである。間抜けだ。
2003年6月11日(水)
ヘボ言語VBを使っているのだが、ヘボ仕様ゆえに既存の問題が多数状態。しかし我ながら実質2ヶ月の経歴の割には、使いこなし度は結構高いのではとは思う。というかせざるを得ない力でもあるのだが・・・
サイト更新も怠けていたが、今後は確実にこなしていきたい所だ。更新を優先し、BBS書き込みは遅れがちになるかも知れないが、こんな所で宣言しても誰も気が付くまいと腹を括る事にしよう。
最近はコンビニ弁当率が異様に高い。というか一日の食費が余裕で去年の二倍水準である。それだけエネルギーを消費しているとも言えるかも知れない。
朝風呂が多いのがここ最近だ。まぁ、8時に起きても余裕で風呂に入れるのだから身分は悪くないだろう。おかげで夜は2時は当たり前だ。異様に眠いときは除くが。
文庫棚はいまだに組み立てず、部屋に仰臥しておられる。まぁこれがあれば乱歩全集文庫30冊がいかに太かろうが入るだろう。まぁそれ以前に、この本棚がベットの下に入らなかったら最悪なんだが
PC-9821用に挑戦者ブランドの無保証ボードU-IDE133、及び同人ハードでPC/AT用のPS2マウスを使えるようになるアダプタを二つ購入してしまった。先月は金が妙に余ったので、ついつい。PC-98もう一台入手かな(爆)。しかしそれ以前に5万位でいい加減にPC/AT買わないとな。
というか今の30GBのハードディスクの空き容量が逼迫してきた。映像とか皆無なのにである。恐るべきデータ量と言えよう。まぁ、CD-Rなどにバックアップしているのも利便性でハードディスクに残したままという事情もあるが、やはり今度100GB超を買う必要があるだろう。会社PCがヘボイせいで、PC-98がサーバー化しているのも要因。まぁ、まだ5GBちょいみたいだけど。19GB占めるDドライブの残りが2GB台になったと考えると、大きな数字だ。
K氏より偉大なる資料が送られてきた。私のやる使命はまだまだ深いものがある。何せ狭い世界ながらが世界一レベルだし。この深さを成し遂げるまでは、まだまだ参るわけには行かないのだ
ジーコの首が飛ぶ日が楽しみである。まぁ、今日は秋田、奈良橋、鈴木(怪我)の現状下手くそトリオ+3年後に代表にいるとは思えない中山(怪我)もいないしで、満足できる先発メンバー。少なくとも経験という意味では今日の試合は役に立ったと思われる。しかし定時日なのに半分しか見れずなのは、本社勤めでないからで・・・
さて、バックアップCDーRに焼いて、寝るとしよう。まだ一時半なのに、もう眠くなってきた。
2003年6月8日(日)
松井君は長打者として俄然張り切りだしたのに、ジーコは酷い。内容も酷ければ得るものすらも見当たらないという惨状。精神論に終始し、自身の責任は省みない。ジーコは天才だから、誰でもやる気さえあればパフォーマンスが出せると思っている節がある。この辺りは名選手と名監督が乖離する場面であるが、私はファルカン時代以来、久々に応援する気どころか負け続けて、ジーコを早く辞めろと思ったくらいだ。選手を既に固定しているジーコは意味不明だ。老人を使っておいて、惨敗の言い訳に経験不足を挙げる点も意味不明だ。こんなジーコを批判できないマスコミも恥ずべき存在驀進中だ。
2003年6月7日(土)
まぁ松井君には頑張ってもらうとして、扇風機と棚二つが届いたので、早速組み立て設置。ただ間に合わず棚一つは明日に廻すとしよう。夕方から未明は関西乱歩会第一回例会で楽しむ。
2003年6月2日(月)
見事なタイミングで日経夕刊に東京ドーム批判まがいの記事が載っていたのが面白い。誰もが読売の虚飾を見抜きはじめているのか? 東京ドームの常に追い風記事まで載っていたのに驚いた。それに飛ぶボールの記事。そして横に松井君。これは警鐘なのだ。読売と野球機構の返答を求めたい物だ。
明日で終わると言い続けて何日も経っているが、ついに明日で終わることで暇になりそうだ。
2003年6月1日(日)
コーナンで扇風機、ベットの下に置く用に文庫棚、雑品用棚を購入。来週土に届くように手配する。
昨日のジーコには失望するばかりだろう。全くビジョンが見えない。無駄な時間を過ごしているような気しかしないのである。代表の魅力も随分落ちてしまったものだ。戦術眼も、選手の選出眼も皆無に近いジーコにはレッドカードこそ相応しいだろう。名選手イコール名指導者と言う図式は滅多な事では達成されないのが、また一つ証明されたに過ぎなかった。せめてクラブチームレベルで監督成功した人から代表監督は選んでいただきたい物だ。W杯から一年、いろいろ国際試合の制限が加わってしまった事を鑑みても、98年レベルに一気に退化したようにしか見えないのは全く情けない限りだ。しかもそれが若手や新人発掘無しでの話なのだから目も当てられない惨状。ジーコは辞めさせる必要がある。
ビジョンが見えないと言えば、NYYの松井もだろう。このままでは一年目の新庄の成績、2割7分弱、本塁打10本、新人ベスト9(出場は2/3程度)にも遠く手が届かない。私なんてもシーズン前は十二分に活躍してくれると信じていただけに残念だが、あの松井の覇気の無さ、翳りある表情を見ていたら頷ける気がする。しかし日本での成績は、これも温室育ちで、昼に試合する事は無く、天然にさらされる事もなく、更にはミズノの飛ぶボール(参考サイト、現実になっている所が笑えない・・・。本塁打バッターのレベルを下げ、逆に投手力をアップさせている原因か?
)+左右中間が異常に狭い(なんと甲子園と10M差)などによって本塁打が異常に出やすい、東京ドームという軟弱な環境が物語った幻想だったかも知れない。まぁ、もっとも昨年の本塁打はアウェイの方が多いそうなので、それよりもメンタルな面と準備不足が原因なのだろう。イチローは3年前からストライクゾーンやボールの違い、2シームなどを研究していたのに、この松井と来ては、今になって必死になっているようなのだから。とにかく松井よ、時間はそうそう待ってくれまい。早くビジョンを示してくれ。お願いします。
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