2004年6月26日(土曜日)
久々に西京極へ行ってきた。しかも先週から柱谷幸一が京都の監督として君臨したのだ。あの三年前の山形を想起させてくれる。私にとっては願ってもいない監督人事だ。今までの監督とGMが揃って酷かっただけに期待させて貰えそうだ。が、この日は完敗。どうも京都はホームで極端に弱い。どうにかならないものか。私ふが応援にいった試合が蒔け試合の方が圧倒的にお行きがするのだが・・・ガックシ。
2004年6月9日(水曜日)
C++爆発進行中。偉大なる私の力を、有効にやっと使えるのだ(アホ)。帰宅が十時半では、サッカーが観れず。幸い圧勝。ジーコもやっと海外組至上主義とか、4-4-2至上主義とか、柳沢大好きとか、訳の解らん固執を止めて解ってきたようだ。あと代表レギュラーから中村俊輔が消えてくれれば・・・。観てないのにエラそうに言うな!!!。
2004年6月7日(月曜日)
ちょっと信じられないことかも知れないが、現在の職場のマネージャー氏が高校の大先輩だった。ンな所で、有り得ないねえ・・・。
2004年6月6日(日曜日)
お隣さんが代わったらしい。引っ越しの挨拶を頂戴した。かつて私がしたときは誰も反応しなかったなぁ、としみじみ思いだした。
2004年6月5日(土曜日)
髪を切った。ロト紋無理やり入手! アステア・アロイス万歳だ!
2004年6月4日(金曜日)
入社手続き。不憫なのは交通費だけの口座作成なのに、妙に親切だった某地方銀行員。申し訳ない気分になるではないか。
2004年6月2日(水曜日)
いや〜、昨日から始まっちゃってます。誰からも守られない厳しい戦いです。自ら望んで選んだ道。ただ最初は楽です。この会社、定時が17時半。早すぎです。
だったので、半年前の「ロトの紋章リターンズ(1)」掲載誌を探し求めて、古本屋などを廻ってみました。しかしなぜか手に入ったのは、改造社版「小酒井不木全集7巻」でした。これは謎としか言いようがありませんでした。
無念の帰りに京橋でいつものカレー屋に寄ってみました。すると、前会社の最終日に一番最後の挨拶をした先輩氏がいたので、吃驚しました。在社中もこの店で偶然会う事もなかったのに、面白い偶然もあるものです。もっとも、利用者としてプロバビリティこそはありました。
とまぁそういう一日でした。
2004年5月28日(金曜日)
終わった。最後に本社で手続。名残惜しくもあった。さようなら。そして最後の瞬間までありがとう。
2004年5月17日(月曜日)
日記がとても飛んでいるが、この間は激動であり、精神的にもしんどいところだった。隠しておかねばならないというのは背徳心も感じてしまうのである。
しかし今月休み明けからは解禁と相成り、歓迎会に紛れて送別会や、最後の会議。また今度同期らも送別してくれるらしく、嬉しき限りであり、まなんだろう。最後の最後では心にしみいるばかりで、気を使ってくれて居るのも知れないものの、それでも嬉しいではないか。自身は申し訳なく感じつつも、自身決断した以上、今まで世話になった二年余りで得た力を昇華させ、今後の糧にしていきたい所存しかいえない。っようわからん文章ありつつある。ともかくも感慨深い。一生に一度の最初の社会人の舞台を去る。次の舞台ではどのような冒険が待ち受けているのだろうか。おっと、水曜日は次の会社の派遣先の面接。いきなり前途を左右するちょっとした試練だ。
2004年4月9日(金曜日)
例の最終決断はこの週だった。残り一ヶ月弱のつもりが、二ヶ月弱にはなってしまったが。おっとこの日は期せずして王寺町の地面に始めて足をつけた日であった。
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