ちゃらんぽらん日記

2006年1月〜3月


2006年3月31日(金曜日)
 落下によって急須の蓋が破損。真っ二つなら色々な誤魔化し手段もあるが、今度ばかりは無理である。仕方がないので、新たな急須を買ってこなけばなるまい。1年に1回は買い替えてる感があるが、まぁ1回使用が1円以下だと思えば安いもんである。

 リズミカル咳氏は復活……していたが、その特技に衰えるところはなく、しかもマスク未装着。全く何を考えてるのかわからない。同じ会社の人間ならばせめて突っ込むべきじゃないないのか? この人の活躍に関係なく、私は引き続きマスク装着していたが、それでもストレスが溜まる無遠慮ぶりである。

 国家の品格と年功序列。私は現在の年功序列には反対である。そもそも年功と言える者(尊敬に値する年配者と意味だナ)というのは全体の半数程度である。しかも半数から漏れた中には侮蔑対象に値するような者も含まれる。このように年功者ばかりであれば年齢別の序列も悪くないかもしれないが、決してそうではないことに反対理由はある。考えてみたまえ、無能な年配者は社会に腐るほどいるではないか。彼らのような腐った社会悪が、(幹部出世コースから外れたとは言え)一般の年功者と同じ扱いを受けることに納得がいくわけがない。他人事であってもそうである。これを現在認めているのは会社や官公社の中が年齢別社会主義と化しているも同然である。
 かくいう私は現状、能力至上主義のただ中にいる。例えるならプロサッカー選手のように、活躍すれば給金が増える見込みがたつシステムである。嫌なら移籍先を探せば良い。しかしこのシステムだと、努力しても多くの人のピークが30代半ばとなるだろう。そこに欠点があり、不安になるところである。そのようにプロサッカー選手と同様いつまでも続けられるような職ではないため、現役時から多角的に能力自己啓発を行う必要性は高いと言えるだろう。この危機感というのは従来の年功序列システムからは生まれて来にくい概念である。この危機感をプラスに変え楽しめるようになれば日本はよりよい発展を遂げることができるのでは無いだろうか。ともかくも日本社会全体に言いたいことは、従来の年功序列にドップリ浸かることなく、能力主義的要素をどんどん取り入れていってもらいたいということだ。そして能力主義の問題点を解決するためにも、中高年以降の洗練した能力が生かせる競争の場が増えていくようになれば、この上ないシステムとなるのではないだろうか(たとえ競争に負けても、勝った奴に給料が劣るだけで、問題なく生活可能な点が日本の良いところである。)これは期待でもある。


2006年3月30日(木曜日)
 案の定、昨日のリズミカル咳氏は休んでました。私は弱っているのでマスク装備。どうでもいいが、最近のマスクはでかいため、マスク装着すると眼だけになってしまう。

 エクアドル戦を後半途中から観た。この試合の意味合いは何だったんだろう。佐藤寿人が活躍したのくらいしかないのではないか? あとは坪井か。結局は浦和で小野を遙かに超えるパフォーマンスを発揮している長谷部は呼ばれただけで出番無し。更に今年の試合で4ー4ー2システムで三都主のサイドをボロボロにされていたので、その再テストをするのかと思いきや、3ー5ー2システム。ジーコやっぱりよくわからん奴だ。ただ相変わらず終盤真際の得点力という神通力は健在なのは期待して良いのだろうか? この点だけは恐るべきジーコはサッカーの神様であると認識してもいいだろう。
 もう一つ三都主の話題を。三都主は本来は攻撃的左サイドMFである。いわば中村俊輔や松井大輔と似たようなポジションの選手だ。その本来の位置であれば攻撃センスというか具体的には正確なクロスという意味では他の追随を許さぬ存在である。しかしそれをジーコが無理やり4バック時のサイドバック(3バック時のウイングバックでも本職ではないのに更に後ろに下げているのだ)として使っており、そしてこれがあまりに酷かった。研究されれば間違いなく集中攻撃くらうような危険ゾーンなのだ。今日はそのテストをするものだとばかり誰もが思っていたはずだ。それなのに・・・OTL。
 まず責められるべきはジーコだ。何とこのサッカー神は4年間の間、下がり目の左サイド選手を三都主以外ほとんど誰も試していないのである。これが最大の罪である。が、今さらそんなことを言っても仕方がないので、4バック時の三都主を何とかカバーしないと日本の未来はないわけである。今年のUSA戦やボスニア戦では2人しかいない中央のCBの選手が左の三都主のカバーをせざるを得なかったせいで、中央もがら空きになって、ズタボロになっていた。だから三都主のカバーはCBにやらせては決していけない。で誰がすべきかというとDHの選手ということになる。しかしこれがまたジーコは選任と言うべき選手をあまり選んでいない。本職の福西、遠藤、稲本、阿部ですらともかく、中田英、小野が三都主の変わりに守備に奔走するのは役割として奇異である。いずれにせよダブルボランチの1人が三都主援護にいくということは、もうひとりもドンドン攻めに行くわけにもいかず難しい。上手く連携が取れているならばポジションチェンジを繰り返す素晴らしいサッカーもできるかもしれないが・・・。


2006年3月29日(水曜日)
 風邪になったのは、先週前から近くの危険な咳をリズミカルに繰り返すくせになぜか今週に限ってマスクをしていない奴のせいであると疑いもしたくなっていたが、今日も同じ状況。しかも話が聞こえてきたのを判断すると、移してるかもしれないのを自覚してやがる・・・・・・。なんか今日も調子が悪くなったので、明日はマスクしよう、俺がね。それにしても大して重要ポジでもないのだからマスクしないなら休めと言いたい。まぁ、もっともこれは若かりし私も少なからず同類だった覚えがあるわけで、でもその時でもこんなには酷くない。というか周りの先輩諸氏が突っ込んだ。でも今の奴は周りの先輩諸氏の突っ込みがないのがなぜ!と思った。

 差別と区別の話3。難しい問題だが、ごく最近在日中国人主婦が園児の子供を惨殺するという痛ましい事件が起こった。朝日新聞だけはいつもののようにあたかも日本人の犯罪のように取り上げた。は、ひとまず別の話題であるとして、この中華人の主婦は許せマジ悪鬼であることは疑いのないことであるのは大前提であるが、この人も日本人と区別無く扱われたせいでもしかすると限界を超えてしまった可能性がある。幼稚園側は中国人であると認識できていたとしたら、それなりの区別をするべきだったのだろう。その度合いの調整は難しい上に、例え度合いが適正であったしても似非平等主義者が騒ぎ出す可能性があるため、非常に難しいのはわかるが今後の教訓として生かさないとこの事件の被害者が浮かばれることはない。社会全体にせめて何らかの成果が欲しいところだ。


2006年3月28日(火曜日)
 風邪でダウン。無理すれば出社可能ではあったが、現在の仕事状況から考えて無理する必要性は全くないため、きっちり休むことにした。


2006年3月27日(月曜日)
 京都が弱い。激しく弱い。実のところ今年はまだ一度たりとも行っていないのだが、この弱さは危険である。KBSで見る限りは守備の崩壊ぶりが酷すぎる。何とか体勢を整え直してもらわねばなるまい。ついでに言えた義理ではないが、客が少なすぎる。2部時代より少ない・・・。
 ジーコジャパンは結局何一つ武器を持たぬまま本番を迎えることになりそうだ。今週の試合もあまり意味があるとは言えない。4バックの三都主が高校レベルであるということが判明しているにも関わらず、ジーコは元の同国人を優遇するつもりらしい。日本はブラジル人に潰されそうになるという前代未聞の事態になっている。せめて先月のボスニアヘルツェゴビナ戦で松井を使ってくれていれば・・・・。結局松井はほとんど試すことなく、下手すれば代表落ち、あるいは未使用になりかねないジーコ。欧洲4番手リーグのフランスで太陽のような活躍をする選手を無視し、それで10番手リーグで評価普通の選手や一流でも控えに甘んじている選手を優遇。マスコミとジーコは絶対おかしい。結局3年前と変わって無いところが・・・。下手しなくても3連敗のW杯まであとわずかだというのに、いやはや。


2006年3月26日(日曜日)
 いい加減ボサボサだったため髪切った


2006年3月25日(土曜日)
 N田離阪。

 引き続き、仕事の話。このシステム屋業界というのは、東京がダントツで仕事が多い。次に大阪、名古屋だが、それでも恐ろしいまでの差がある。インターネットの普及で一部勘違いで、仕事は日本のどこからでも可能のように見えるかも知れない。ところがどっこいで、結局インターネットや電子メールというのは単なるツールにすぎない。誰でも使えるツールであり、それはおまけ要素でしかない。この世界は結局直接会えること、いざとなったときに迅速に対応できることが優先されるのだ。さらに産業機械などの場合は実物に近い方が有利に決まっている。ということで、結局日本経済の中心にしか仕事は無いわけだが、この一極集中というのはいい加減にリスクが大きい。おそらく失ったときにも世界中から教訓にされ、国内では反省材料かにされるのだろうが、そうなる前に何とか対応を打てぬものか。今の所は案が浮かばぬ。道州制になれば即座に解決するというわけでもないだろうし・・・。


2006年3月24日(金曜日)
 最近は仕事は好き勝手やっている。最近3ヶ月ほどは中間管理の直接従うべき人間が不在であり、例えれば直接部長の大まかな指示系統にいればいいだけであり、時たま別の系統の係長が絡む程度である。離職率やらが異様に高いことや特殊な状況が重なって発生している現象であるが、私はどうでもいいが、社としてはあまりよろしくない非常事態なのは如何なものか。ただ私自身はそろそろ別のプロジェクトもしたいというのが実状であるので、いろんな方面で準備は調えているのだが、なかなかどうしたものか。

 差別と区別の話2。鳥取県の人権擁護法案が無効化した。この話からしても幸いであった。あらゆる分け隔てが差別扱いになる現状の狂った感覚では、この法案は危険すぎた。人権擁護という言葉尻だけは一見立派に見えたこの法案は、かつての治安維持法そっくりであり、危険な言論統制地域になるところであった。


2006年3月23日(木曜日)
 差別と区別の話。日本には何でも差別としたがる傾向がある。たとえば選挙権。これは日本国民だからこそ持ちえる権利である。在住権あっても外国人が選挙権を持ちえないのはこれは当然の区別である。たとえ王貞治のような国民栄誉賞も得たことのある日本のために多大な貢献した偉大な人格者であっても例外ではない。(※王貞治は中華民国国籍)。選挙権関連の差別と言い得る可能性があるのは在外日本人の選挙権問題や一票の格差問題など、選挙権所持者同士に不当な差がある場合に限られるだろう。
 実は区別と差別が上手くできないと最終的には悲劇を招く。日本に住むことになった外国人を想像してみよう(海外での外国人労働者を想像しても良い)。当然外国人なので日本的な感覚とは異なっている。しかし日本人と別の特別扱いにしたら差別になると思って、全く日本人同様に付き合ったとしよう。日本人相手のように以心伝心を試みたり、日本的な価値観を示しながらコミュニケーションを試みたとする。それは悲劇を呼ぶ。言語が例えネイティブ以上に上手であったとしても、本来別の精神を持ち合わせているこその外国人である。育った環境や文化はもちろん、長年培ってきたDNAが違うのだから当然だ。それをちゃんと頭で区別して、それでもって上手く付き合うのが本来あるべき対応なのだ。このような悲劇を防ぐためにも、差別ではない正当な区別は積極的に行うべきなのである。
 蛇足までに、戦時中の神道押しつけも差別と区別がごっちゃになったから起こった民族間の感覚のズレであったと思われる。統治される側は、当然、民族差別は例えわずかでも嫌がるだろうが、民族区別はどれだけしてもしたりないくらい希望したはずなのだ。

 たまにコンビニのパン4個くらい夕食代わりにする場合がある。これがカロリー値を見ると飛んでもないことが判明する。なんと1個あたり400〜500のカロリーを誇っているのだ。つまり4個食べれば恐ろしいことにそれだけで1600以上になる。これがおにぎりだと話は変わる。おにぎりの場合は200〜250である。4個でも900程度で適正だ。たとえ+ポテトチップを食べても1500未満と、パン4個よりも少ない。パンの恐るべき事実。


2006年3月21日(火曜日)
 WBC日本優勝素晴らしい。キューバも前評判通りの強さだったが、あの死地を乗り越えた王ジャパンの団結ぶりは見事であり感動を呼んだ。伝説になるのではないか。誰もが少年のようにがむしゃらに勝利を目指すという姿勢。こういう姿勢さえあれば野球は面白いものなのである(高校野球が面白い理由を思い出される)。今大会の紆余曲折あった劇的な密度の濃い活躍ぶり。改めてメキシコには大感謝、そして日本に真の団結を思い出させてくれた韓国チームはもちろん、あのボブ・デビットソン審判にすらも感謝すべきだろう。
 あと今日の日本テレビの放送の仕方は何とも笑える拙さであった。こんなことしていたらワザだと勘ぐってしまう。スタートは日本の国家だけを見事なまでにカットし、最後はトロフィーを掲げる尤も重要で感動的なシーンをカット。凄いというか何というか・・・。  
 自業自得ながら悲惨なのが松井秀と井口である。多大な期待を持たれて招集を受けながら、怪我でもなく最初から断固辞退でもなく、何とも意味不明な理由にならない理由で辞退した彼らには既に助かる道はほとんどない。いつまでも今大会の最低6000万人以上の視聴者は決して忘れはしないだろう。特にヤンキースの同僚スターが各国代表でプレーした松井秀の現在の心境はいかほどのものか。結局、国を見捨てた以上、米国人以上に徹底的な個人主義で頑張るしかないわけで、いやはや何を考えていたのや知らないが、人の道を踏み外した栄枯盛衰パターンかな?


2006年3月19日(日曜日)
 WBC、日本に拍手。ちなみにあの先制の場面、王采配をザルだと思って見ていたが、なんとなんとアレは驚いた。謝らざるをえまい。また大会に旋風を起こした韓国チームもよくやったと言える。今後は野球の国際試合も面白くなってくるのではないか? 今度はぜひドミニカやベネズエラなどとも対戦して欲しいものだ。 国内限定でも出生地別に代表組んで甲子園もどきみたいなことしても面白かったりして。


2006年3月18日(土曜日)
 高校の古典あたりで知ってそのうち行きたいと考えていた、八幡市の石清水八幡宮をようやく詣ることができた。非常に雨が降りしきっていたことも原因かも知れないが、人が非常に少なかった。で、雨も手伝って、京阪のケーブルで往復したのだった。本当は歩くべきだった。

 WBCは米国の汚さを表面化させた大会であった。あのボブ・ディビットソン審判はメキシコ戦でも八百長的な誤審をしたが、米国人にしめられた大会運営組織はボブの正当性を認めている。こういう汚いマネをしてまで勝利したいという気概が我が日本人にはありえない気持である。日本ならば、むしろあまりに恥なので、逆に誤審の加害者側から多大な苦情が持ち上がるはずだ。スポーツというのは不思議なもので国民性を如実に示してくれる。日本は大人しすぎて、欧米の理不尽なルール改正などにも付き合わされる例が多い。しかし此度の卑怯よりは遙かに気高い精神だとは思わないだろうか? そして忘れてならないのが、卑怯な米国の敗戦と卑怯に憤慨したメキシコの活躍。日本はメキシコのような国に対して上辺だけではない付きあいをおこなうべきだ。まぁ、それでも米国は米国内での批判勢力が存在しうる国家だ。実際、今回の誤審を一部マスコミや人々は批判した。これだけが救いと言えよう。ただこれだけ滅茶苦茶な審判がいる米国の対外的BSE対策というのが、いかに信用ならないものかを改めて強調してしまった。米国はイランを勝手に敵国認定したり、八百長で不正を働いたり、京都議定書を無視したり、米国のイメージは更なる失墜を始めている。

 最近知ったのだが、朝日新聞は1999年以降、中国共産党機関誌の人民日報と正式を提携しているらしい(WEBサイト 朝日コムの国際欄の一番下を見よ!。また人民日報日本語版を見よ)。朝日新聞の記事が自虐的なものが多かった原因の一端なのだろう。いずれにせよ対中国の記事では全く信用におけないことは明かとなった。先頃中国共産党が朝日新聞を大絶賛し、産経新聞をボロクソにコケにしたことあるのが思い出される。またこの点は最近の媚中派二階と中川に対する扱いに似ている。まぁ、要は中国共産党&朝日新聞は墓穴を掘り続けているのである。最近はネットを有効活用して、朝日、読売、産経および紙媒体の日経をチェックしている。Yahooは毎日や共同が多いので、まぁ、これでバランスよくチェックしていると言えるだろう。

 ソフトバンクのボーダホン日本法人買収問題について。非常な危険を感じている。少なくとも絶対にソフトバンク株は買うべきではない。リスクが大きすぎる。(元々今でも高値だ。)あとUSENのライブドア支援について。これは成功する可能性がある。ライブドアは言うほどイメージが最悪になっていないし、USENの低かった知名度がアップするのは大きい。有線ブロードネットワークスには5年前の就職活動時にはターゲットにしていただけにひいき目もあるが。ただ株はリスクが大きいな。。。今が割安なら別だが


2006年3月16日(木曜日)
 ワールドベースボールクラシック。井の中の蛙大海を知らず。日本の競技レベルが非常に低いことが明白になった。五輪の時はアマチュアが主力の豪州に連敗し、今度はレベルが低いと思っていたはずの韓国に連敗である。これはもう運が悪かったというレベルを遙かに超えてしまっている。まずは韓国、彼らは強かった。七人のメジャー選手を全て招集し、監督は美事に使った。その高い団結力と名誉を重んじる高いモチベーションは称賛に値する。それに対して我らが日本。そもそもからして最大の汚点は国家の代表という誇りや名誉よりも、目先の金銭を優先させた選手が国内外に多数いたという情けない点。残った選手はよく頑張ったが、王監督は残念ながら選手を使いこなせず、調子の悪い選手を使い続けてしまうなど悔いの残る采配をしてしまった。これが日本野球の現実であろう。メディアに甘やかされ、金銭だけしか価値を見出せなくなってしまった覇気のない野球選手のプレーを見て、誰が喜ぶだろうか。野球人気がどん底の理由が少しはわかってきたのではないか? こんな状態では日本野球に流れている金の1%でもその他の競技(たとえばカーリングとか)に流れれば、と誰もが思うのは当然のことだ。先日の米国白人軍団も審判含め恥ずかしい低レベルなところをみせてしまったが、日本もそれに類する情けなさだったいう点を改善しないともう後はない。間違っても五輪の時みたいにアホみたいにはしゃぐようなことがないように。いずれにせよ日本人の野球は世界レベルで見ればせいぜい六番手以降(どう見てもベネズエラやプエルトリコよりは弱い)であることが判明した。鎖国は終わり、その後どうなるかは見物である。ちなみにサッカーの母国イングランドも、第二次大戦後初めてW杯に出たときには大恥をかいたことに触れておこう。イングランドは謙虚な努力などの甲斐あって、超は付かないまでもひとまず一流国には復帰したが、さて?

 ライブドア株主訴訟問題。まるで論外である。分散投資すらもせずに大損をしたらしい。ライブドア株で長期運用しようとしてたらしい。あまりにもアホである。こういうアホがいるから私ですらまるで損をしないのだから貴重なアホではあるが、訴訟とか言い出すと単なる恥ずべきアホだ。誰も同情すまい。だいたい株式投資というのは少なくとも分散すべきである。ましてや髪が白くなるくらい大損したとなると手元資金は多かったはずだ。300万超えるならばアホでも五分割はするだろう。それなら40万程度の損出である。近ごろの株式上昇を考えると、平均しても投資全体の赤字は最小限になるはずだ。それがどうしてこうなるのか? もうアホとしか言いようがない。私の株式投資法はまずチャートを見て、週単位、月単位双方の安値ラインと高値ラインが明瞭かつ或る程度開きがあって、かつ安値ラインに近づきつつある株を、安値ラインよりやや高い値で指し値注文する。このため景気回復で買えない場合が多いが、それはそれで仕方がない。次のチャンスを待てばいいだけだ。買ってしまえば、あとは高値ライン近くになるまで、ずっと気長に保持だ。もしも安値ラインよりも安くなっても被害は最小限だ。ライブドアみたいなことになっても、分散投資しているから複数の業界の保持株が全面安にならない限りは被害は最小限だ。まぁ、言いたいのは今回ライブドアで大損した人はリスク管理も出来ないだけだと言うこと。ライブドアで転けなくても別の場所で転けていた確率が極めて高かったということだ。

 winny問題。何を今さら・・・。一体何年前の問題だ。これも日本に蔓延るお花畑主義者の悪弊が生んだ無責任社会のせいだろう。あげくにWinnyソフトを悪者にしてしまっている。winnyは確かに悪者かもしれないが、仕事もするPCで使う方が明かな愚鈍な馬鹿たれだと気付くべきだ。だいたいこれを使う目的はどう見ても低俗な理由しか思い浮かばない。弁護の余地は全くない。それにつけても相変わらず公務員は平気で情報を流出させる。特に防衛庁や警察はしっかりしろといいたい。公務員の業務可能PCは常時状態監視ソフトで監視し、それを広く国民に公開すべきだ。(ちゃんとした企業のセキュリティなら社員のPC状態[妙なソフトを入れてないか。就業中に馬鹿なWEBサイトを見てないか、ワクチンは最新か、WIndowsUpdate状況など]くらいは監視してる)公務員は国民の奉仕者という本文を忘れ、傲慢化しているようだが、何かがおかしい。私の公務員論では公務員は平均年俸は英国並に300万未満。その代わり人数は今以上に確保する(雇用の確保)が、その代わり国に全く誇りを持てないような品格に欠けた情けない人材は雇用しない、または容赦なく馘首する。レンタル移籍制度を設け、余剰公務員や希望する公務員は民間企業へ一時的な移籍を可能とする(その間の給与は民間持ち。そのまま公務員を辞めても可)。レンタル移籍での活躍を公務員の出世のポイントにする。それらの情報は全て国民に提示する。(レンタル移籍先の偏りを防止)。出世して幹部になった場合は長期にわたって適正検査を行う(2/22日記みたいな正しい答えが存在しない問題の思考の方法順序を検査する)。 などなど何とかよりよくならないものか。と思いついたままに勝手な提案を晒してみた。

 格差問題。米国並みに人種差別や宗教差別が混じりあった格差差別になったり、中国並みに同じ民族のくせに100倍の格差社会で、更に政治権力、軍事権力がそれぞれ独裁的になったら問題なのは言うまでもないが、日本のこの程度で何が問題ですか・・・。それとも何ですか? 運動会で順位をつけずにみんな一等賞とか言っているお花畑主義者ですか? 頑張っている人が富を得るのは当然でしょう。問題は頑張っていない人が富を不正に得ていること。公正な競争が出来る社会を目指すべきであって、怠け者や無能な人間が利益を得るような社会になってはなるまい。

 100万部売れたという「国家の品格」やらが示すように現在日本国民は経済活況という時代の誤魔化しも効かなくなり、日本人が日本人たるゆえんを見失いつつある。誇りある日本を取り戻さなければならない。それにしてもいつからこんなに駄目な日本になってしまったのか。私は昭和40年以後であると考える。完全に拝金主義、自虐主義による虚飾社会へ突入し、独立のエネルギーに漲っていた昭和30年台までは残っていた国家国民を誇る気持を失ってしまった。今、この国独自の美点を世界へ誇れるように方向転換できなかったら日本に未来はない。決してグローバル化という没個性世界に埋没してはならない。また余談だが、この日本が自虐主義に落ちた時期が韓国と中国共産党と国交回復したあととほぼ一致すると考えるのは穿ちすぎであろうか?


2006年3月3日(金曜日)
 また「男たちの大和」を観た。パンフも買った。二度目は更なる感動である。初回時と違って余裕があるというのもあるが、最初の方の現在のシーンの感動の度合いが高まるし、各シーンの意味を知っているだけ普通に涙が流れてしまふほどなのだ。この哀しき魂が守ろうとした国に生きていることをハッキリ自覚して活力とせねば先祖に申し訳が立たぬ。


2006年2月24日(金曜日)
 フィギュアスケート荒川選手の金メダルは誠に喜ばしいことだ。さすがは実力で代表選考を勝ち取っただけのことはある。心技体の強さがなければ、このメダルなしのプレッシャーの中大活躍など出来はしない。それをやってのけた荒川は美事である。
 さて、荒川とは一切関係ないが、ここで批判を蒸し返す。今回のフィギュアスケートの選考は明らかに不正が行われていたと言わざるを得ないの話だ。男子では前代未聞の誤審、審判レベルの低さと信頼性の低下を招いたのは大きい。そして女子では更に深刻だ。完全に競技外で謀なのだ。選考レース1位の浅田に対する努力は一切行われず、2位,3位は順当に選ばれたが、何と6位の選手が代表に選出されてしまった。これも前代未聞であろう。結果が悲惨だから言うわけではないが、このような選考はあまりにも理不尽である。理不尽な選考は、結果で応えるしか救われる道はなかったはずだ。選考される側の不幸も考慮して、当然選考レースの結果こそを優先させるべきだったのである。


2006年2月22日(水曜日)
 渦中のサボり魔・永田議員は東大卒で元大蔵官僚のエリートである。それがこの体たらく。日本人として恥ずかしく思わねばならない。思うに、学校や公務員試験の成績というのはいつ何時も正しい解答あるいは間違った解答がある問題に対してなされてきた。国語や論文ですらそうである。しかし現実社会はどうだ。国家政治家や公務員にしたってどうだ。解答の決まり切っていない問題を対処していくのが一番重要な能力ではないか。ここに大きな乖離がある。外務省職員が対外的に弱腰になるというか、チーム丸ごと洗脳されてしまうのはなぜだ。それはそもそも資質の問題ではないのか? そこで上級公務員試験の新制度を提案する。まず現状通りに試験を行い選抜をする。その後、2年間隔離して、100個の解答のない社会問題や謎解きを考えに考えさせる。考えれば正しい答えが出るわけでなく、そもそも一つの解答なぞ存在しない問題である。資本主義経済の進むべき道でも、未来の展望など問題だ。それを2年間考えさせるのだ。隔離単位は10人ほどでいいだろう。TVや新聞、必要な書籍など受け身の情報源については許可するが、双方向の情報源、もちろんそれ以外の他人との接触は著しく制限する。2年間気が狂わんばかりに考え抜いて何らかの結論を出してもらうのだ。この2年間テストには失格というものは基本的には設けないが、精神的脱落者や過半の解答があまりにも作文や白紙である場合は失格としていいだろう。いずれにせよ、この2年間の成果は国民に一大公表し、どのような思考回路をしているかが判明し、薄っぺらい思考しかしていなければ出世したときに多きに叩かれることになるだろう。さて、日本を憂うがゆえに考えた本案はどうだろうか?


2006年2月20日(月曜日)
 本当に民主党はもうここまで駄目政党になってしまうとは。やってることは、ヤクザである。詐欺である。民主主義国家の野党第一党の言うことではない。証拠も無いのに言いがかりをつけ、疑わしいからお前の方で潔白を証明しろ。国政調査権があるだろ。アレ使って民間人の情報を調査しつくして、国民にさらしあげろ! それで突っ込まれたら、ようやく焦りをみせて証拠を今さら探してるという。もはや呆れてものも言えない。政策で対抗する前原代表には是が非にも頑張ってもらいたいが、残念ながら民主党そのものが終了であるとしか言えない。非常に残念だ。日本にはまともな野党(何でも反対政党は現状の共産党で十分間に合うよ)は育たないのか? 戦前(戦中じゃないよ)ですら二大政党制があったにも関わらず戦後に全く育たないのはどうしてなのか? 自民も腐った勢力の方が多いくらいおかしいで困ったもんなのにこれでは停滞するのは当然ではないか。それにつけても前原、野田、河村ら有能な人材は埋もれるには惜しい。郵政民営化反対で抜けた旧自民勢力に合流すべきだ。よもやあのトナミ運輸の国民新党がこんなところで役にたとうとは。で、彼らが抜けた民主党にはもはや存在意義は全く無いと言える。八割が社会党になってしまう。(一部カット)。また取るに足らないことで有能な人材が葬り去られていく。永田議員は自爆だが、巻き込まれた周りが悲惨すぎる。。。


2006年2月18日(土曜日)
 会社の会議が予想よりも早く終わったこともあって、数年ぶりに大阪市立図書館に立ち寄ってみた。新青年で唯一読み損ねていた甲賀小説を複写する時間しか残されていなかった上に、職員が不適切な対応[閉架書庫資料を頼んだが、用意が出来たにも関わらずデジタルサインを出してこなかった]をしてくれたおかげで、複写後の手修正が出来ず、何とはもはや。全く謝りもしないところが、やはり所詮大阪市職員と言ったところか。
 近ごろ韓国の歴史教科書と中国の歴史教科書に書かれている内容に並々ならぬ興味を抱いたため、色々と書籍を読んでいる。こたびは代ゼミ元講師著「日本・中国・韓国の歴史と問題点80」、扶桑社教科書関係者著「韓国・中国『歴史教科書』を徹底批判する」、韓国人著「反日韓国に未来はない」。教科書でしか近代史を学んでいない人にお勧めしたい。またマスコミなどが垂れ流す印象だけで自虐史観を無意識に持ってる人、特に情報遮断して偏った考えに盲信している人がぜひ読むべきものであろう。


2006年2月17日(金曜日)
 毎回恒例の好機の民主党の詰めの甘さというか、自爆ぶりは滑稽ですらある。前原には期待しているので頑張って民主党を立派な政党に変えて欲しいものだが。それにしても小泉首相の運の良さは凄まじい。
 健康診断結果は辛うじてグレーゾーンで、即刻の精密検査は免れた。絶望だけは免れたが、もはやどうにもこうにも袋小路である。あとどうでもいいが、中性脂肪は少ないのに、善玉コレステロールが多すぎて、総コレステロールが異常値って一体・・・。


2006年2月13日(月曜日)
 シュレッダー(14InchTV並の面で幅も20p未満の小型で、オレンジというスマートなデザイン。)を購入。たった4500円で美事なるパフォ―マンス。部屋に散らかっていた自身の住所やらの個人情報の紙媒体を次から次へと実験に使ったが、満足できる働きだ。もちろん業務用に比せば細分化が物足りないが、個人用とでは十分だろう。またもうちょい金を積めばCDも粉砕してくれるようだったが、正直CDを粉砕するシチュエーションが思い浮かばなかったので、これで質量ともに十分である。


2006年2月10日(土曜日)
 「男たちの大和」、前々から観ようと思ってそれが見損なっていて、もう駄目かとも思ったが延長になっていたので、今さらながら観てきた。あまり期待していなかったが、とんでもない、感動の嵐である。思わず涙腺が緩むシーンが多すぎる。そして「戦争の不幸」と「歪んだ現在社会」への警鐘を強く感じた。戦後のあまりにも軟弱姿勢を猛省すべきだ。三谷新選組の土方のように曰く「いつから日本国(桑名藩)は腰抜けだけになっちまったんだ」


2006年2月9日(金曜日)
 健康診断。バリウムには慣れたようで空腹のためか美味しさすら感じられた。やはり嫌なのは採血である。また視力検査も最近苦手になってきた。左目が良くない。なぜに小さいのが見えて、それよりワンランク大きいのだけ見えないのか。ともかく去年は散々であった。今年はそれなりの対策(寒天作戦、ポテト抑制、有酸素運動、暴食抑制、毎日ブラック珈琲、ジュース飲まないなどなど)を練っていたはずである。体重もなんと恐ろしいことに49kgしかなかった。朝で空腹とはいえこれは酷い。これで去年同様だったら、ショッキングである。


2006年2月8日(月曜日)
 私は昔から秋篠宮派である。正直天皇などといいうものには平成社会に是が非に必要とは思っていない。君が代すら歌詞を知らぬ私だ。ただただ歴史的文化的価値しか見出していないくらいだ。ただその価値が地球上最大の価値[最長2666年、最短でも継体・天智以降という圧倒的な記録を更新する男系一族。凄い話だ。まさに日本が世界に誇る重要な財産であると思う。とどのつまりは秋篠宮の三男誕生を期待するばかりだ。


2006年1月30日(月曜日)
 大阪市の公園占拠の浮浪者小屋を撤去。これは当然である。浮浪者にも言い分があるかも知れないが、公園は一般市民の憩いの場であり、一般市民は税金を支払っているのだ。福祉事業にも税金を払っているのであり、彼ら浮浪者は市の用意した施設で職を探すなど自己啓発を行うべきである。それとも市民の支援を無視し、のたれ死ぬしかなかった時代を懐かしむのだろうか? 否、浮浪者は甘えすぎている。つまりは野良犬同然だ。なぜかいるという似非人格者を自認していそうな支援者は野良犬や鳩に気紛れにエサを与える無責任な連中にすぎないのではないか? それならば支援者が浮浪者を他の市民に一切迷惑のかからない方法で養えば良いではないか? おっとそれが出来ないからこの例えだ。鳩や野良猫にエサを与える偽善者は人の迷惑を省みないことを忘れていた。エサはあげっぱなしであり、総じて糞をばらまき甘えた鳩や野良猫を製造するのだ。彼らの気紛れは野良猫の生活能力すら奪い、鳩はエサが毎日まかれるものだと勘違いするが、彼らの気がすんだらそれで終了なのだ。その後の勘違いした鳩や猫は浮かばれず、そして糞尿や野良猫の増殖で迷惑を被る地域住民は無視される。ああ、何という無責任か。支援者よ、お前らのことだ。本当の支援者にあまりにも失礼だから、場当たり的な対応しかできないならば支援者を自認するのはよすがいい。ましてや人格者、人道の見地? 笑うしかない。何かしら無関係の他人に明かに迷惑を掛ける自己満足に基づく偽善は悪である。いずれにせよ似非の付く人格者たちは総じて無責任であるとしか言いようがない。


2006年1月25日(水曜日)
 近ごろ犯罪者として社会から抹殺される人が多すぎる。そもそもこの犯罪者選定作業からして、どうもグレーな感すらもする。1年前からマークしてたとか報道していたような気がするが、つまり最初からターゲットにしていたわけだ。これはどういうことかというと、最初からターゲットにされない美味しすぎる連中も多々いると言うことではないだろうか? 実体のない経営手法を取った堀江はもはや言い逃れ出来ないかも知れないが、どうして堀江を捕まえた連中は、パチンコ業界やサラ金業界をン十年単位で放置し続けるのか? あまりにも不可思議だ。もちろん犯罪は悪だが、あらかじめ犯罪者として認定したい人を選別しているとすれば全く頂けないとしか言えないだろう。ここは民主国家・日本なのだ。
 昨夜の2時半から3時半頃、近所で4人ほどによる某国語の共演の大騒ぎが始まった。某国語らしき言語で大きな笑い声を立てる。窓を閉め切っているはずの冬場でこれはあまりにも酷い。しかもこれが初めてではない。夏頃には大音量TVからも中国語という放れ業をやってのけていた。むろんこれが日本語でも同じくらい憤るだろうが、意味がわからんだけに薄気味悪さすら感じるではないか。(意味がわかってもむかつきが助長される場合も多々あるのはいうまでもないが)それにしても許せまじは近所迷惑。


2006年1月24日(火曜日)
 ホリエモンが逮捕された。私は別に信奉者でもアンチでもないため、ただただ驚いたばかりだったが、どちらかといえば株について興味を持たせてくれた恩人なだけにに同情的だ。旧態依然な社会にエッジを振るったのは事実であり、大きな功績だっただけに残念ですらある。それに比してあのマスコミ(特に朝日と毎日の伝統コンビの凋落ぶりが嘆かわしい)の手のひら返しの徹底的なバッシングは見苦しい行為だ。まだハッキリする前から極悪犯罪者扱いではないか。もちろんホリエモンの暗躍で煮え湯を飲まされてきて元々がアンチホリエモンの人ならば、、まぁ大喜びで鬼の首取った如く騒ぎ立てても仕方ないだろうが、マスコミの大半はそうではあるまい。かつてはホリエモンこそ時代の寵児であると持て囃していたではないか。マスコミの活躍こそが虚像作りに一役も二役も買ったのであり、視聴率の取れるホリエモンを散々利用すらしてきたはずではないか。中にはど素人にライブドア株の購入意欲まで掻き立てていたではないか。これで自民党を批判なんて甚だおかしな話である。さすがは厚顔無恥のマスコミ、自身の罪は知らん顔の無責任マスコミだけある。自称有識者もマスコミの意向に従った恥の上塗りをしているし、全く日本人として恥ずべき精神構造と言えるだろう。ついでに民主党、君らもホリエモンについては同罪だ。責めるべきところは東証システムや冤罪事件、ヤマハの某国ヘリ輸出事件など別にもあるはずなのに、マスコミが堀江批判でうるさいから全てが隠れてしまっている。自由な報道の意味を取り違えて、取捨選択した歪曲した報道姿勢をしているのはどうにかならないものか嘆かわしい現状だ。


2006年1月22日(日曜日)
 松井大輔、あの2得点を動画で確認しただろうか。もはや凄すぎて絶賛するしかない。平山も大活躍だ。だが、日本マスコミから見ると、彼らはマスコミお手製のスターではなく、情報力を注視させていないところなだけに複雑な気分だろう。マスコミに注目されないから世間でも松井や平山の大活躍がなかなか伝わっていないのではないか。まぁ、ひとまずマスコミはそれでもいいが、ジーコにはぜひ注目してもらいたいものだ。この2人はW杯1次予選突破を果たすためには必要な人材だ。
 ちなみに松井はファンであり、ずいぶん前から贔屓にしていたが、平山についてはアテネなどで見る限りは大したこと無く、じきに消える選手だと思っていた。海外では観光に行くだけで終わると思っていた。この点、良い方向で裏切ってくれたことはまさに嬉しき限りだ。彼らや今野、阿部、茂庭、トゥーリオ、長谷部、石川、徳永、前田を始めとするアテネ世代のこのパフォーマンスの高さは、中田中村時代以後の日本サッカーの安心を提供してくれている。

 カレーの話。私はカレーが好きだ。学生時代カレーばかり食っていたためにネタにすらされてしまっていたようだ。今でもカレーは好きだ。外食のカレー比率は一週間で換算すると、1.5食くらいになるのではないか? で、レトルトの話に移る。最近はレトルトカレーは全く食していなかった。というのも米を炊く習慣が失われているからだ。が、今日ジム帰りにイズミヤに寄ってフト目に付いた。銀座カレー豪華版。これは食ってみなければと思い、神戸カレー100年前の味とか言うのと一緒に購入したわけだ。さて、いかなる味を魅せてくれるのかが楽しみだ。ちなみに御飯は佐藤の御飯みたいなやつだ。
 と「くいたん」を見るかと思っったがあれは土曜日なのだった。忘れていた。一回目に馬鹿馬鹿しいながら楽しめただけに、来週は見なければなるまいて。


2006年1月20日(金曜日)
 何が暴走させたのか。残業のしすぎで懐具合が良くなっている割に、消費の道がないためなのか。久々に懐かしさか。昭和15年の「大衆文藝」4冊を購入。それぞれ甲賀三郎の10頁が目当てで、一冊3000円以上なり。でもよく考えても有意義な買い物ではないか。不要な買い物の多さは誰しも経験あるところだろうが、これは有意義にもほどがある物なのだ。人生に疲れ果ててるときは、この勢いで甲賀雑誌を収集するのも良いだろう。


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