2007年11月18日(日曜日)
まったく書いてなかったが、その間行った箇所だけメモしておこう。多忙やらモチベーション低下やらでそれほど多数ではないが。
まず明日香村。今は2回行ったが有名所は半分くらい回ったところか。飛鳥時代の中心寺院の飛鳥寺や橘寺、蘇我入鹿の首塚、川原寺跡、大官大寺跡、伝飛鳥板蓋宮跡、伝小墾田宮跡、資金不足明らかで荒れぎみの山田寺跡、久米寺跡、当時は玄武を展示していた飛鳥資料館、発掘中で素っ気はないが高松塚古墳、中尾山古墳、文武天皇陵、石神遺跡、水落遺跡、甘樫坐神社、豊浦神社跡、甘樫の丘、雷丘、鬼の俎・鬼の雪隠。
人が異様に多かったのは飛鳥寺、蘇我入鹿の首塚近辺、次は高松塚古墳周辺か。他はレンタサイクル組が多数。ここは自転車の方が回りやすいし、距離も遠いからだろう。私も1回目は自転車組だった。
似たような場所だが、上記明日香村の前に首都制覇計画として、藤原宮跡も訪れた。GW頃のことだ。広大な公園みたいになっているのは平城宮と同じような感じだが、こちらは100%妄想力を働かせるしかない。近くの本薬師寺などにも行っている。
大和三山も2つまでは山頂まで登っている。先に登ったのが天香具山だ。はっきりって登るのは物好きの類で登ったところで何があるわけでもない。しかも記憶によれば確かその日は小雨で危うく転けそうになり、耐えて股関節を多少痛めた。ここも古代の予備知識とそれに伴う1500年前の妄想力を生かして登ってるだけで古代の息吹を感じた気になって悦に入ったものだ。そして橿原神宮へ行った時についでに夕刻すぎに畝傍山にも登っている。残りは耳成山だが、いつに登ることになるだろうか。
残りは最近いった小物類。まずは枚方市の百済寺跡と百済王神社。名前の通り滅亡した百済王族の子孫百済王氏一族の氏寺。次はつい最近古川橋へ免許更新時に行った際に近くにあったので、住宅街でわかりにくいが幣原喜重郎生家跡へ行く。兄幣原坦との顕彰碑もある。ついでに近くの門真市立歴史資料館。ここでも幣原喜重郎らの展示があった。それと大正昭和初期頃の懐かしい家財など。
2007年4月8日(日曜日)
さて、東京都知事選と福岡県知事選は期待通りの結果になって幸いだった。現職も誉められたところばかりではないが、特に東京については、それを遙かに超越した対抗馬の酷さ加減というところだろう。今回は社会党アレルギーを持つ層がこぞって石原に入れた感すらある。さて、明日の朝日新聞やTBSなどの作文やスピーチではいつものように都民が愚民扱いになるのだろうか?(笑)
ちなみに大阪府議会議員選挙に行ったが、入れるべき政党が無い・・・・。別にしたが、、この地では弱小の共産党に入れた方がマシだったと後悔してしまうが、まぁ、どっちもどっちだが、行かないよりは遙かにマシだろう。
2007年3月28日(水曜日)
何とかおおむねは治ったらしい。薬無しでも多少のむくみ程度で悪化なし。
最近テレビを全く観ない。前に良く見ていると書いた朝ズバも半年は見ていないだろう。朝がギリギリ族になっていることやなぜか最近始まったドラゴンボールのアニメなどを見ているからなのだが、7時後半に、以前からチャンネル付ける度に取るに足らない殺人事件などのワイドショー的内容に終始していたために見るのを止めたというのが近いだろう。または醜いまでの不二家叩き、これが今回捏造であったことが判明しニュースになっている。相変わらずテレビ局は信用ならない。ニュースですら面白おかしくしたいのか何かわからないが、嘘を流すか、事実を歪曲して流すか、事実のごく一部を印象づけて流すか、などなど全くいい加減な情報しか流さないと言って良い。ネットの情報は最初から胡散臭いと思うからか、全面信用せずに吟味する人は多いだろうに、テレビでやってるものを鵜呑みにする素朴な者が多すぎるのが問題だろう。都合の悪いことは一切流さずにどうでもいいことを流すならまだしも、徹底的に叩くことで何かしらの儲けを優先して流すようになってしまってはTBSというかNHKも含めたテレビ局マスコミ各社は驕ったというか勘違いを正して欲しいものだ。自浄作用が予想通り無理なら一度解体した方が良いのではなかろうか。あまりにも酷い。
2007年3月27日(火曜日)
月曜の早朝からなにやら知らんがいきなり蕁麻疹になって、全身(特に尻や太腿から下、そして肩あたり)が尋常ではないかゆさ。蚊に刺されたような感じの腫れが広がっては消え、広がっては消え。これはマジでヤバイのでは。おかげで碌々眠ることもできず、ひとまずは市販錠剤を手に入れて飲むことで一定程度は沈静化したが・・・。仕事中も集中が出来ん。
2007年3月24日(土曜日)
日本VSペルー戦、多少イライラもさせられるパスミスが目立ったが、面白いゲームだったと思う。相手が欧州組を欠いた二線級なのは物足りないとは言え、ジーコ時代は苦手な南米に対してはそれでも勝てなかった上に収穫もほとんどなかったのだから、両方を得た今回は大いに評価すべきだろう。
高原の生まれ変わりぶりには本当に驚くばかりだ。今日のゴールなんてワールドクラスとしか言いようがない。しかも精神的にも中堅ベテランを意識し出しているのも良い。やはりチームでレギュラーでかつ調子が良い選手のみを呼ぶオシムの方針は明らかに正しいものであろう。ジーコ時のように調子悪い以前にベンチウォーマーなのに代表でレギュラーが約束されているのでは精神的にも良くなく活躍なども出来るわけもないということ。
中村俊輔は素晴らしいフリーキックを見せてくれた。ゴール欠乏症に陥っていてオシムじゃなければ代表外されそうだった巻をも救った。ただそれだけだったのが惜しまれるというのは贅沢ではないはずだ。シュートへの積極姿勢や縦パスや流動性ではオシムサッカーへの慣れもあるとはいえ中村憲剛の方が上だったのは事実である。守備をするようになったのは評価出来るが、非常にマークが厳しかったわけではないのだから、もっと積極的に前に仕掛けて欲しかったところだ。
ちなみに中村憲剛、阿部を押しのけてレギュラーになるべき活躍だった。浦和でも代表でも阿部はピンチかもしれない。浦和でも(代表でも期待だが)怪我から復帰長谷部(憲剛のようなタイプの守備的MF)と鈴木啓太の方が遙かに優秀だ。鈴木啓太と阿部を比べて阿部が遙かに優れているのは複数ポジションをこなせることだ。守備的MF、中央DF以外に左DFを身につければ自ずと道が開けてきそうな感はある。
オシムの素晴らしい点は交代の使い方にもある。若手や非レギュラー選手のモチベーションを高めると同時にレギュラー選手や海外組に良い意味でプレッシャーを与えることに成功している。
フィギュアは安藤が世界選手権優勝。日本人選手が金銀とはすごすぎるとしか言えまい。この調子の良い時期ならぜひ五輪代表になってもらいたいところだが、冬期五輪もW杯同様にまだ三年の月日が必要なのであった。
日経BP社の北村豊氏の記事よると、中国食品から偽塩が登場したらしい。塩までも偽造し、儲かればいいだけの拝金主義者が跋扈している中国大陸に対してはもはや打つ手なしということだろうか。調味料まで危険なのではうかつに外食やコンビニ食なども出来ないのだろうが、もはやライフスタイル的に避けることもできない。それにしてもこのようなニュースが日本国内ではほとんど報道されていないことを憂えるばかりだ。報道の自由とはすなわち報道機関の不利益になるニュースは流さないということらしい。実は戦中の大本営発表を積極的に流していた時代とあまり変わっていないのかもしれない。
知事選は東京と福岡に注目している。東京についてはあれだけイデオロギーに差があるのも珍しいくらいになりそうだ。かたや自民でも右、かたや民主の左(つまりは社会党そのもの)、まぁ石原三選に不安材料が多くても、多くの都民は選択肢の無さから石原を選ぶのは間違いないだろう。普通にやれば勝てたかもしれないのに、浅野は間違った選挙運動を行ってしまったということ。
福岡の方も普通は嫌なんだが、現職に勝ってもらわないと、全然関係ないのに、何かとうざったいことになりそうなので、現職頑張れとしか言えない・・・。
2007年3月13日(火曜日)
なぜか前の不二家事件を思い出した。マスコミの面白がった報道姿勢、その後の納豆騒動などをみてもわかるが、テレビなんてものは全てまやかし以前の問題で、大昔から嘘ばかりってことだ。と、話は不二家だった。言っておくが不二家ですら全世界的にみればマシなのは明らかだと思った方がいいのは確か。そして日本の食糧自給率は3割程度だったはずで、冗談みたいな意識の低さで食品を着色したり発癌物質を加味したりするのが普通に国内ニュースになる中国も含めて大量の輸入に頼ってる。このことを考えずして不二家批判は語れない。
2007年3月11日(日曜日)
月末の会社大宴会の幹事になった。前の会社以来のことで3年ぶりだ。花見を二次会にもってくる関係で京橋にした。何の因果か姉妹店だった。
昨シーズンはW杯も含めて全く散々だった高原と中村が今シーズン別人のように大活躍している。逆に松井大輔が絶不調に陥っている。もし今代表に呼ぶとすれば中村と高原になるのが当然であり、松井は呼ぶことはないだろう。返す返す残念なのは昨シーズンのあらゆる事象だ。
一ヵ月ぶりにジムに出かける。健康診断の結果は一昨年来の問題点たちはなぜかどういうわけかまったく正常になっていたが、やっぱり中性脂肪は多かった。そしてなぜか肝機能の一部がC。全くわからない。その日その日のコンディション次第でこの程度の誤差は出るもんなのではしか思えない。それでもジムは今年は二回目だった。やはり週に一度はいかないと恐ろしく身体はなまっている。
2007年3月6日(火曜日)
コートが明らかに要らないくらいに温かくなったかと思いきや、再び寒くなっている。こういう境目は夜帰る時の寒さが半端ではない。最低気温表示は天気予報以上に気をつけねばなるまい。
2007年2月23日(金曜日)
ここ数ヶ月は一昨年以前並に何も考えてずに深夜に飯、大量に飯、しかも運動しない。をしていた。ある意味わざとである。これで結果が去年と変わらなかったら対策はあまり意味がないことになるという実験だ。ただ健康診断の会社が変わったために傾向が異なるかも知れないという意味不明な心配はあるが。ちなみにその影響でバリウムはなくなっていた。ちなみに視力検査は意味不明なことに1.0/0.9である。明らかに悪化しているかすれ目なのにあの顕微鏡のようなレンズの先の4方向のCマークは判別できてしまう。しかも1回当てればOKという適当ぶりなので、この検査自体いい加減なのだろう。それとも普段見ているディスプレイの文字が極小すぎて見づらい(目が悪い)と思っているだけなのだろうか?
2007年2月11日(日曜日)
和泉大津市と和泉市の境界あたりにある池上曽根遺跡に行ってみた。神殿かもしれない弥生時代の巨大建造物などが復元されている点は面白い点なのだが、いかんせんこの日は池上曽根遺跡のある公園内でフリーマーケットをやっていて、まったくもって喧騒としていた。おかげで弥生の気分に浸ることが全く出来なかったことが残念だった。その点はもともと交通量の多い国道の脇と言うことで期待してはいなかったとはいえ、予想以上。タイミングを誤ったか。更にロープがしてあるのに幼児が、入っていい? と尋ねたら即答で、ええよ。でも入ってもつまらんよ、と応える保護者・・・、こいつって一体と思ってしまった。確かに入るなとは書いてなかったが。(同じロープで括った中には明示してある復元物もあった)
次に弥生博物館、やはり大阪府の仕事らしく無駄に設備が整いまくっている。歴史系に関しては別に税金を無駄にしてくれても許せるが、恐らく大阪府立の設備はこの調子で全てがこの調子なんだと思うといやはやとしか思えない。それと置いてあるものはレプリカばかりなのにレプリカだという表記は何か省略されているのか、表示色で区別しろということなのかはわからんが、非常に重要なところがいい加減だと思った。
池上曽根遺跡の裏手にある曽根神社に寄ってみた。こういう遺跡の傍にある神社は由緒は計りしれないものがあるというもの。なにせ遺跡が発掘される前から存在しているのだから。
2007年2月10日(土曜日)
シムシティ4000を久々にやってみるとあまりに重たいこともあって、GAをGeforce4MX440から同6200Aに変更した。最近はPC事情にも疎いため、いつの間にAGPは主流ではなくなっていたのかと知った。PCI-Expresssそんなものは当然我がPC/AT互換機(2003年夏頃)についているわけもなく。で、取り替えたはいいが、微妙に早くなったかな程度である。一応ローエンドモデル(安物)同士ながら二世代上がってるんだが、PC-9821の内蔵→VoodooBansheeに変えたような衝撃はありえないらしい。例えるなら携帯の機種変更しても微妙な場合が多いようなもの。PC-9821の例えはtuka→auみたいなもの)。
ちなみにCPUを最新のAthlon64×2とかに変えようとすれば、マザーごと交換が必要になる。メモリも使えなくなる可能性がある。従って出費が多すぎる。というかめんどくさいので却下した。二台目のPC/AT互換機にすればいいのだが、ハッキリ行って邪魔になりそうなだけだ。そして二台目はノートにしたいが、これまた販売中のノートPCのカタログスペックではVISTAがまともに動くのか疑わしい。(特にシムシティは無理だろう)どちらにせよ今のメインよりはCPUだけは最新になるかもしれないが、総合面で劣りそうなので、困った物だ。
2007年2月4日(日曜日)
長年親しんだツーカーとついに別れる。足かけ8年であった。セカンド機種として持っていたauも解約する。
2007年1月15日(月曜日)
先週半ばから問題になっていたOFFICE2000でOfficeUpdateをすると、Excelが使えなくなる問題。最悪である。波及してえらいことになってしまった。
2007年1月13日(土曜日)
前々から見たいと思っていた「バルトの楽園」がDVDになったのでようやく見た。ストーリー自体は周知のことだったが、こうして映像として見ると感慨深いものもあるだろう。
面白いことは面白かったし感動的ラストである。
ただよくないのは、こんなところにも日本人の自虐意識は顔を出している。わざわざ妙なバランス感覚が働いてしまうのである。つまり美談をするにはその理由を見付けようとする。その美談は特殊事項としてしまおうとする。つまりは徳島板東のケースは特殊ですよ、他では捕虜は虐待してましたよというイメージを植え付けようとしているのである。この話は第一次大戦であるが、それ以前にも同様の例があるのも完全に無視している。
「日本以外全部沈没」。これは想定通りに酷い映画でつまらないにも程がある。日本人も外国人も酷い扱いであり冗談にしても不愉快な類のものである。ストーリーは日本以外が米大陸沈没を序幕として、次から次へと短期間の内に世界全て沈没し、ついには日本・・・・・・・・・(後日記す 途中で書くのを止めちゃったらしい)
2007年1月7日(日曜日)
播州も滅多なことでは行かぬこともあって、これまた久々にその地の友達に会う。
加古川市には初めて足を踏み入れたわけだが、第一印象として人が少なすぎる・・・。私の記憶が確かならば25万都市のはずなのだが、人も車もとてもそうは思えない少なさであった。たまたまだったのか? 人口密度は実は大したことないからなのか? は不明
加古川の鶴林寺。兵庫県は意外に思うかもしれないが、大した寺社は存在しないのだが、この鶴林寺は蘇我馬子の仏教普及作戦当時に開闢した寺であり白鳳年間の仏像も伝えている、また寺の説明曰く藤原時代の平安末期以後の太子信仰を示す文化財も多数所蔵しており、そういう意味では兵庫県最強の寺と言えよう。
加古川名物に「かつめし」なるものがあるそうな。同じ播州でも他市では知名度はそんなに高くはないらしい。確かロビンフッドとかいう店(なぜか箸入れの名前は向かいの閉じてる店名(忘れた)となっていたが)で食べてみた感想は美味い、安い、シンプルであろう。実体は洋風カツ丼と言った感じで、洋食風に盛られたライスの上に一口サイズのカツが乗せられ、そして適度なデミグラスソースが掛かっているというもの。「かつめし」という名前はいかにも和食らしいものだが、実体は箸で食べるカツライスみたいな感じと言えるようなのか?
2007年1月5日(金曜日)
前日に帰省から復帰し、この日からの仕事に備えるも、仕事はこの日だけ。
昔のちゃらんぽらん日記録
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